えほんとこどもとわたし

第5回 体で読む

赤ちゃんがよろこぶのは、どんな絵本? 私の固定観念を打ち砕いてくれたのは、生後10ヵ月の娘と『エンソくん きしゃにのる』でした。

それまでも、赤ちゃんがよろこびそうな絵本はいろいろ読んでいましたが、のめり込んで繰り返し熱心にせがむようになったのは、この絵本が初めて。15見開き32ページの物語絵本「こどものとも」の一冊で、以前に自分が好きで買っていたものでした。当時「野獣派」などと呼ばれていたスズキコージさんのダイナミックな絵と荒唐無稽なお話が、これほど乳児をとりこにするとは……少なからずショックを受けました。

娘を膝に乗せて表紙を開くと、もう、うずうずしています。「ここは ほげたまちの ほげたえき」。大人の脚の林を抜け、トランク片手に歩くエンソくん。初めてひとりで汽車に乗り、おじいさんの家へ行くのです。緊張しながら切符を買い、改札を通り、汽車がずらっと並ぶホームへ。律儀な段取りで、出発までにたっぷり5見開き。

「ポーッ、しゅっぱーつ」と読むと、ガタンゴトン、つい膝を揺らしてしまいます。汽車はスピードを上げ、街を抜け、橋を渡り、トンネルをくぐり、高原の駅に到着。前の席のおばさんが降りるのと交代に、羊飼いがわんさか羊を連れて乗り込んでくる、この転換までが、また5見開きです。そして、終盤の5見開きへ――。

とりたてて事件が起きるわけではありませんが、コージさんの絵は読者の体にうったえます。視覚的なクライマックスは、羊の群れに囲まれて駅弁を開くシーンでしょう。「ひつじのかたちの コロッケが、ごろんと はいっていました」なんて、読むたびにゾクッ。ぎっしりなお弁当とみっしりな羊たちの画面。

知覚が未分化な幼い子どもは、大人以上に絵本を体で感じるのではないかしら。ある晩、食事をしながら絵本を開いていた娘は、たぶん駅弁の場面に、いても立ってもいられないほど興奮したのでしょう。目を離した隙に、ほおばっていたかぼちゃの離乳食をなすりつけていました。ひゃーっと慌てて拭きましたが、ページはうっすら黄色く染まりました。

さて、娘が2歳になる頃、自宅で3歳未満の子たちを中心にした文庫を開きました。言葉もおぼつかない子どもたちが、お母さんといっしょに毎週やってきては、絵本を読み、数冊借りていくのですが、幼いうちから絵本の好みもいろいろだなあと教えてくれました。そして、そこにはお母さんの個性や好みも見え隠れするようで面白かったです。

親子の好みが同じとはいえませんが、そもそもなぜ私が『エンソくん きしゃにのる』を10ヵ月の娘に読んだのかといえば、赤ん坊の反応はさておき、自分が好きな絵本だから読んじゃったんですね。好きでもない絵本を読むなんて苦行だし、読まれる側にとってもそうでしょう。そして、そばにいる大人の「好き」という気持ちは、小さい子ほど感染する気がします。

我が家の初代「エンソくん」は愛されすぎてボロボロの殿堂入り。単行本の二代目は健在です。この本は、いくつになっても楽しめます。五臓六腑にうったえる力強い絵、独創的な語彙とリズム、そして型破りなようで緩急のみごとな場面構成が、私たちを何度でも、浮世を離れた汽車の旅へと誘ってくれるのです。

●紹介した本
『エンソくん きしゃにのる』スズキコージ 作(福音館書店)

●プロフィール
広松由希子(ひろまつ ゆきこ)
編集者、赤ちゃん文庫主宰、ちひろ美術館学芸部長などを経て、現在フリーで絵本の文、評論、翻訳、展示企画などを手がける。国内外の絵本コンペの審査員を歴任。著書に『日本の絵本 100年100人100冊』(玉川大学出版部)、絵本の文に『かえりみち とっとこ』(岩崎書店)など。

2026.07.01

記事の中で紹介した本

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