第6回 すてきなオノマトペ

引き戸を開けて、ズリズリ這って、お風呂場に姿を現したのは、「わにわに」です。ゴツゴツした皮膚、油断のならない眼光、いかにも獰猛な爬虫類の風貌をそなえながら、お風呂が大好きなんですね。それも長い体を沈めるのに都合のよい洋式のバスタブではなく、和式のお風呂です。
『わにわにのおふろ』は、主人公のワニらしい存在感と、あどけない子どものような性格のギャップが、えも言われぬ魅力。山口マオさんの骨太な木版画とともに、その実在感を伝えてくれるのが、小風さちさんの練り上げられたオノマトペでしょう。
蛇口をひねって、水をためます。「キュッ」とひねって「ジャーッ」と出るのではなく、蛇口は「きゅるり きゅるり きゅるり」と引っかかりのある音をたて、お湯は「じゃば じゃば じゃば」とたまっていきます。わにわにが一匹暮らしをしているのは、ちょっと年季の入った日本家屋。蛇口のハンドルに赤でH(お湯)、青でC(水)と描かれているあたり、リアルな生活感があります。素朴なひらがなの文字がとつとつと縦書きで並んでいるのも、引き戸やふすまの日本家屋にマッチしていますね。
湯船に「ぽくん ぽくん ぷくん」と、おもちゃを浮かべてご満悦。「ずる ずり ずる ずり」浴槽によじ登ると、「じょろろーん!」と飛び込みます。ワニゆえの不自由な動きを表しつつ、お風呂が大好きなウキウキする気持ちも擬音語が伝えてくれるでしょう。「ぷー ぷー ららら」とシャボンのあぶくを飛ばしたり、シャワーをマイクに見立てて歌うロックな立ち姿は、遊びを交えながら絶妙に抑制の効いた擬人化で、とてもゆかい。
私のいちばんのお気に入りは、お湯から出て体を拭くシーン。ワニは腕を背中に回したりなどできませんから、足拭きのような床に広げたタオルの上で、身をよじるんですね。「ぐにっ ぐにっ ぐなっ ぐなっ」って。このオノマトペ、最高。
1歳児と保護者の集まりに招かれたときに、読み聞かせたら、まあ、ちいちゃい人たちも親たちもみんなが笑顔になるのでうれしくなっちゃいました。1歳児が立ち上がってわらわら寄ってきて囲まれるって、「うり うり うり うり オーイェー(原文ここだけカタカナ)」な気分です。
簡潔なテキストの中に、ここまでオノマトペを吟味して生かした絵本は、なかなか類を見ませんが、日本の絵本のオノマトペは、とても豊か。子どもたちの直感に響き、心くすぐる魅力があります。
現代美術家の元永定正さんが描かれた、ユーモラスな抽象画の絵本は、オノマトペとの相性が抜群ですね。抽象絵本の草分け『もこ もこもこ』は、詩人の谷川俊太郎さんの文で、やや知的なオノマトペといいましょうか、ゆるやかな物語の流れにのりやすいです。色玉がひたすら転がっていく『ころ ころ ころ』は、元永さん自身の文ですが、絵によって読み手の「ころころ」の声が自然に導かれて変化するのが心地よいです。ジャズ奏者の山下洋輔さんがテキストを書いた『もけら もけら』は、独創的な音と絵の展開に体が反応してしまう。子どもといっしょに読んだら、目と耳と口と体の内側と……全部うれしくなる絵本です。
●紹介した本
『わにわにのおふろ』小風さち 文/山口マオ 絵(福音館書店)
『もこ もこもこ』谷川俊太郎 作/元永定正 絵(文研出版)
『ころ ころ ころ』元永定正 さく、『もけら もけら』山下洋輔 文/元永定正 絵/中辻悦子 構成(ともに福音館書店)
●プロフィール
広松由希子(ひろまつ ゆきこ)
編集者、赤ちゃん文庫主宰、ちひろ美術館学芸部長などを経て、現在フリーで絵本の文、評論、翻訳、展示企画などを手がける。国内外の絵本コンペの審査員を歴任。著書に『日本の絵本 100年100人100冊』(玉川大学出版部)、絵本の文に『かえりみち とっとこ』(岩崎書店)など。
2026.07.30






