「僕」を植物学者にしたギンリョウソウ
末次健司
子どものころの私は、森で遊ぶたびに足もとばかり見て歩く子どもでした。ある雨上がりの日、湿った落ち葉のあいだから、銀色に光る「小さな竜」が顔を出しているのを見つけました。ギンリョウソウです。その不思議な姿に胸がどきどきしたことを、今でもはっきり覚えています。
この本は、ギンリョウソウと出会った子どものころの「僕」が植物学者になるまでの道のりを、ギンリョウソウを通してたどった物語です。ギンリョウソウが森で花を咲かせるのはごく限られた時期だけ。その開花の季節に合わせて、この本も六月号として世に出ることになりました。
ページをめくると、二十年かけてたどりついたキリシマギンリョウソウの新種記載の物語が登場します。「名前を付けるってどういうことだろう」「新種はどうやって発表するのだろう」「植物学者って、毎日何をしているのだろう」。そんな疑問に答えられるよう、できるだけ丁寧に描きました。また、写真だけでは伝わりにくい部分は、安斉俊さんの絵が想像を助けてくれます。地面の下でキノコの菌とつながる姿や、新種記載までの道のりなどが、より深く理解できるはずです。
前作『「植物」をやめた植物たち』(たくさんのふしぎ傑作集)は、たくさんの菌従属栄養植物を紹介する、いわば「図鑑に近い一冊」でした。今回の本は登場する植物の種数こそ多くありませんが、「新種」というわかりやすいテーマを軸にすることで、研究の世界になじみのない方でも読み進めやすい内容になったと自負しています。
また専門的な部分については前作同様、あまり妥協はしていません。「まだ名前のついていない種」「命名規約にもとづき、初めて正式な名前が与えられた種」「長い時間のあいだに分かれた進化の結果としての新たな種」。どれも「新種」という言葉で表せますが、その違いも読み終えたころには自然と理解できるはずです。
研究の現場は、「難しいことをしている場所」ではありません。「なんとなくいつもと違う」「花の形が少し丸い」「咲く時期が微妙にずれている」など、小さな違和感に気づくことが、大きな発見につながるのです。本を読んだ皆さんが、身の回りの草や木をいつもより少しだけじっくり観察してみようかな、と思ってくれたら、それ以上にうれしいことはありません。ギンリョウソウの銀色の花が森の中にあらわれる季節に、この本が皆さんのもとに届き、「不思議だな」「もっと知りたいな」という気持ちのタネを、そっと心の中にまいてくれますように。