
エルマーのぼうけん
1,430円
たくさんのふしぎ|2026年7月号
時間がすぎても変わらない大切なこと・・・・・・写真家の長倉洋海さんは、30年にわたり、アマゾンの先住民クリカチの子どもたちを撮り続けてきました。伝統的な踊り好きの少年が医学生になったり、ハンモックで眠っていた少女は看護師になったり、子どもから大人へ成長した彼ら彼女たちの写真が語りかけてくるのは、自然とともに生きることのすばらしさでした。
クリカチとの日々
長倉洋海
クリカチの村で何を食べていたのかとよく聞かれる。主食は米と豆、そしてマンジョウカ芋をすりおろして鉄鍋で炒ったファリーニャだ。コメより小さな粒だが、繊維質が多く、栄養分もあるといい、それを米や豆、肉などにかけて食べるのだが、結構結構かたいので私は苦手にしていた。乾燥した米飯のように固いので、「歯が欠けてしまわないか」と心配したのだ。皿の端によけてあまり食べないのを見て、子どもたちは「美味しいのに、どうして食べないのかなあ」と不思議そうに見ていた。
狩りで獲ってきた動物の肉もよく出される。野ブタや鹿は美味しいので、食欲もわくが、初めて見るイグアナやアルマジロの肉にはちょっと引いてしまった。それでも、食べてみるとイグアナは鶏肉のような味だったし、アルマジロは鶏肉をもっと上品にした味だった。しかし、形も人間に似ている猿だけは最後まで遠慮した。
食事風景を見て「えっ」と思ったのは、みんなが食卓やテーブルを囲んで一緒に食べるという習慣がないこと。朝に作り置いたものを各自が好きな時に食べる。時たま同じ時間に食べても、それぞれ好きな場所に座って会話をするでもなく、静かに食べている。そういえば、グリーランドの先住民イヌイットと暮らした時も同じだった。森や氷原で狩りを続け、常に移動している狩猟民には食事に時間をかけない方が便利なのかもしれない。
私はクリカチの食事に飽きた時、町で買っていたビスケットやリンゴをハンモックに座って食べた。子どもたちがその様子を興味深そうに見ている。自分だけで食べるのは申し訳ないような気がして、一人の子に半分あげると、それをまわりの子の数に等分して分けてあげている。それを見て、分け合うのはいいなあと思った。
撮影したお礼に、ある子にポケットのキャンディをあげたことがあった。そのあとが大変だった。その子が他の子を連れてきて「この子にもあげて」というのだ。列ができるほど並んで、子どもたちは私に「カテ、ボンボン」(キャンディ、ちょうだい)と手を差し出す。キャンディがなくなり、「カボッ」(もうないよ)と私が言うと諦め良く、静かに帰っていく。村にマンゴーやパパイヤの実はなっているし、森に入ると、大きなカゴいっぱいのオレンジがとれるが、子どもたちは果物よりも甘いキャンディが好きなようだった。
クリカチの食事は、他の先住民の村で食べたワニやピラニアの焼き魚の味や、お腹が不調だったときに作ってもらったミンガオ(バナナのおかゆ。硬い種類のバナナを砕いて、火にかけておかゆのように柔らかくする)ほどには感動しなかったけれど、それらを上回る楽しい時間があった。それは森での狩りの後、森の中にハンモックを吊るし、中央で火を焚いて、獲ってきた獲物の肉を焼いて、みんなで食べるとき。狩人も女も子どもたちも顔が焚き火で赤く照らし出される中で、今日の狩りの成果や失敗したエピソードを語り合いながら、手づかみで焼けた肉を頬張る。それは狩猟民の原初の姿を思い起こさせた。私が最も美しい感じた瞬間だった。
この伝統が途切れることなく続いていきますように、彼らの伝統と知恵を育んでくれる森がいつまでも姿を失わないようにと私は願うばかりだった。
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