日々の絵本と読みもの

旅の舞台は「山とともにある国、スイス」 『旅の絵本Ⅸ』

旅の舞台は「山とともにある国、スイス」

『旅の絵本Ⅸ』

2017年の春、はじめてスイスを旅しました。ジュネーブからレマン湖の北岸のローザンヌ地方をめぐる旅でした。帰国後、担当編集者から『旅の絵本Ⅸ』の舞台がスイスだと聞いて、今回の刊行が待ち遠しくてたまりませんでした。これまでたくさんの国を旅してきた「旅の絵本」の旅人はスイスのどこを旅し、何に心を動かされ、そしてスイスのどんな風景を描くのだろうかと、わくわくしながらページをめくると……。

旅人のスイスの旅は、アルプスの山々をのぞむグラン・サン・ベルナール峠からはじまります。旅人は農家で旅の友となる馬を借りているようです。牧草地には豊かな緑がそよぎ、峠で山が近いにもかかわらず風景はなぜかひらけて見えます。『旅の絵本Ⅸ』には、もやがかった山並み、迫りくる山肌と、様々な表情の山々が描かれています。


私の旅の案内をしてくれたスイス人の女性は、どんな名所に出かけたときも、必ず遠くにある山並みを指さして「あの山をみて。素晴らしいでしょ」と、山の名前を教えてくれました。そして「山をみると元気がでるの」と嬉しそうに話す彼女をみながら、「スイスは山とともにある国」なのだと改めて感動したことを思い出します。


チーズで有名なグリュイエール村を訪ねた帰りには、第4場面に描かれたようなすてきな演奏会にも出くわしました。教会のミサのあとの小さな集まりで、チーズとワインが振る舞われ鼓笛隊が演奏するのを、土地の人たちに混じって聴くことができたのです。老いも若きもが音楽に身をゆだね、ワインを片手に隣人とおしゃべりをするなんとも豊かな時間でした。旅人も馬からおりて、村の人たちの楽しげな演奏に聴き入っているようです。この豊かな時間に旅人が何を思ったのか、たずねてみたいものです。

旅人はグラン・サン・ベルナール峠から首都ベルンをぬけ、ルツェルン湖などどちらかというとスイスの東側を旅します。私と旅人が旅した地域はずいぶん異なりますが、いくつもの場面に既視感を覚えずにはいられません。それは単純に描かれた風景が似ているということではなく、そこに暮らす人々の息づかいが安野さんの深い洞察によって描かれているからのように思います。

21場面にわたって描かれた絵は、スイスを旅した実体験があればもちろんですが、行ったことのない人でもスイスを旅しているかのような気持ちにさせてくれます。さらには、読者の中にある「スイス」についての知識やイメージをきっかけに何かを感じたり考えされてくれる不思議な力があります。

『旅の絵本Ⅸ』を楽しんだあとは、シリーズの他の巻も手にとってみてください。安野さんの洞察を道しるべにすると、これまでとは一味ちがった「旅」の面白さに目覚めるはずです。



「日々の絵本」金曜担当・T
チームふくふく本棚の姉さん。趣味は、居酒屋のおつまみを自宅で再現すること。

2018.06.22

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

記事の中で紹介した本

関連記事