あのねエッセイ

特別エッセイ|福岡伸一さん「かがく絵本がメッセージのありかを教えてくれた」〜かがくのとも50周年に寄せて

月刊かがく絵本「かがくのとも」50周年を記念して、生物学者 の福岡伸一さんに特別エッセイを寄せていただきました。子どもたちが親しむ かがく絵本は、世界からのメッセージに気づかせてくれる存在だと、福岡さんは語ります。かがく、そしてかがく絵本との関わりについて、思いをはせられるエッセイです。

かがく絵本がメッセージのありかを教えてくれた

福岡伸一


子どもはなぜ恐竜が好きなのでしょうか。あるいは、子どもはなぜ電車や自動車が好きになるのでしょうか。私自身は蝶やカミキリムシに夢中の昆虫少年でした。その気持ちはみな同じです。子どもはメッセージにとてもセンシティブなのです。それが自然から発せられたものであれ、人工物のデザインが発するものであれ、ともかく子どもの心はそのメッセージ性に極めて鋭敏です。恐竜は驚くほど巨大で、かつメカニカルです。電車や自動車のデザインもかっこよく、魅力的です。ミドリシジミの輝くような緑や、ルリボシカミキリの深い青ほど美しい色がこの世界にあるでしょうか。どれもすばらしいメッセージです。

どこからどんなメッセージが発信されているか、かがく絵本は私にたくさんのことを気づかせてくれました。絵本はそれが作家によって描かれた時点で、すでにメッセージのありかとその姿をわかりやすく抽出してくれています。そしてお話がそのメッセージに言葉を与えてくれるのです。

私の大好きなかがく絵本に、『よるの おきゃくさま』(※)があります。

夏休みが始まり、小さな女の子は、田舎のおばあちゃんの家に遊びに行きます。山あいの傾斜地。狭い畑にはネギや野菜が植えられています。女の子はたずねます。「おばあちゃん、ひとりで くらして、さびしくないの?」おばあちゃんは答えます。猫のみーたもいるし、それに夜になるとお客さまが大勢くるから全然さびしくなんかないよ、と。お客さま? 晩御飯を食べて、ふと気がつくと外はもう真っ暗。お客さまっていつ来るんだろう。あれ、ガラス戸に何かがとまってる。近寄ってよく見るとそれは小さな蛾でした。白くて眼が赤い。目を移すと隣には細長いスズメガ。枯葉みたい。大きな大きな青白い蛾がパタパタと音を立ててやってきました。そばにはカメムシを従えている。「ふかふかの ドレス きているから じょおうさまかも。けらいを つれてきたんだね。」数えきれないくらいの色とりどりの小さな虫たち。女の子は心の中で叫びます。「なつなのに クリスマスが きた!」

この本がすばらしいのは、ガラス戸の外側にとまった蛾や虫たちをお腹側から観察しているという点。私たちは普通、裏側から生き物をじっくり見るとことはほとんどない。標本でも図鑑でも見えるのは表(背)側だけ。でもほんとうに面白いのは裏(腹)側なのです。鮮やかなストライプや奇抜な渦巻き文様。斬新な斑点。こんなところにメッセージが隠されていたのです。すべてはメッセージに気づくことからはじまります。女の子は将来、絵が上手になるかもしれない。服のセンスが抜群によくなるかもしれない。研究者になるかもしれない。きっと、美しいもの、精妙なものに対する彼女の感覚は磨かれたものになるはずです。自分の影を映しながら、女の子はいつまでも夜のガラス戸を見つめていました。


※「ちいさなかがくのとも」2011年8月号 加藤幸子 文/堀川理万子 絵



福岡伸一(ふくおか・しんいち)
1959年東京都生まれ。生物学者、青山学院大学教授。ロックフェラー大学客員教授。京都大学卒業。ベストセラー『生物と無生物のあいだ』(講談社)『動的平衡』(木楽舎)ほか、「生命とは何か」を分かりやすく解説した著書多数。他に『できそこないの男たち』(光文社)『世界は分けてもわからない』(講談社)『福岡ハカセの本棚』(メディアファクトリー)『フェルメール 隠された次元』(木楽舎)など。

2019.04.05

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