イベントレポート

junaidaさん×祖父江慎さんトーク「〜終わりのない旅の〜」第2回

毎日一生懸命が大事

junaida 『の』のデザインを祖父江さんがお引き受けくださるということで、改めてコズフィッシュにご挨拶に行きました。初めてお会いしてびっくりしたのが、「何で描いてるの? 手描きなの? 紙は何? 筆は何?」とか、たくさん質問されたんです。

祖父江 『Michi』を見せてもらって、どうやって描いてるんだろうって。コンピューターを使ってるようにも見えないし。でもコンピューターないと無理じゃないかとか、いろいろ悩んで。

junaida コンピューターは使ってないんです。

祖父江 使ってないでこんなの描けちゃうのすごいね。T定規(*注:水平線や垂直線を書くのに使用する文具)とか使ってる?

junaida 使ってないです。

祖父江 パース(*注:遠近感を表すのに用いる技法)とかガイドはつけてる?

junaida はい、次のページにちゃんとつながるように、『Michi』で初めてやりました。

祖父江 これ、俯瞰になるように縦方向にもパースとかはあるんですか?

junaida 縦は真っすぐで、つけていないんです。

祖父江 本当?

junaida 縦にもつけようかとも考えたんですけど、それやったら大変すぎて死んじゃうと思って。

祖父江 死ななくてありがとう(笑)。でも、上から俯瞰してる感じがして、日本の洛中洛外図とかみたいに立体感がわかんなくて不思議な感じがするよね。描くのに精神が崩壊しちゃうんじゃないかって思うくらい。

junaida 肉体は崩壊したけど、精神は大丈夫でした(笑)。

祖父江 強いなー。

始めたら始まっちゃう。


祖父江 それで驚いたのは、『の』はページ数が多かったんで、描き上がるのは大体一年後ぐらいかな、でもそんな早くは無理かなと思ってたんですよ。枚数があったじゃない?

junaida 39枚。表紙入れて40枚。

祖父江 ということは、1週間に1枚描いたとしても約10ヵ月ですよね。それぐらいかかるだろうと思ったら、そんなにかからないとおっしゃる。いや、無理でしょうと。

junaida そんなに長くやってられないと思ったんですよね。早く作りたくなっちゃうんです。ギュッと集中してやるほうが多分、性に合ってて。でも、しんどいのはわかっているので、なかなか最初は始められなかったんですね。始めたら始まっちゃうので。

祖父江 始めたら始まるよね(笑)。

junaida だから、「時が満ちるのを待ってる」とか変なこと言いながら、先延ばしにしてたんですけど。

祖父江 それでまず下描きができたのが…?

junaida 2019年の6月でした。

藤井 早いですね。

junaida その後ちょっと旅行がしたかったので、心置きなく行くために頑張って下描きまで仕上げました。旅行は、ラトビアのリガって街で夏至祭を見て、ワルシャワとブダペストを転々として楽しかったです。帰ってきて7月くらいから色を塗り始め、色が塗り終わったのは9月くらいでしたっけね。

祖父江 これは色を付けるときもコンピューターは使わない?
 
junaida リアル塗りで、一発勝負です。

祖父江 7月から3カ月で、色塗りを全部仕上げたってことか。とすると、90日前後の間、約2日で1枚描いてるペース。

junaida そんなはずないんですけどね。僕ってそんなに早くないし。

祖父江 おかしいね。寝てないんじゃないですか。

junaida 超寝てます。夜は海外ドラマとか見て。

祖父江 妖精さんがやってくれたとか。

junaida 朝起きたらちょっと進んでるみたいな(笑)。『Michi』のときは寝ていても夢の中で描いてて、朝起きたら夢だから、ちっとも進んでないってことがありました。

祖父江 それが、『の』は起きたらもういっぱいできてた!

junaida 妖精さんが描いてくれたんですかね(笑)。

祖父江 脱線しました(笑)。 ええと、それで原画が塗り上がった。

junaida そう。塗り上がって、祖父江さんにダーンとお渡ししました。
 

このひと、原寸で描いているんだ。

祖父江 そのときに驚いたのは、junaidaさんが原寸で描いてるんだってこと。変だよね。原寸で描く人。

junaida ぼく、よく原寸で描きますよ。『Michi』も原寸です。

祖父江 変。すごい。イラストレーターの人って、ちょっと大きめ、120%ぐらいの大きさで描く人がほとんどなんですよ。線が多少うまくいってなくても、キュッと縮小すると、絵の具が出ちゃってても意外に平気になるから。

junaida セオリーとしてはそうですよね。

祖父江 そうなんですよ。なぜ原寸で? だってこのポスター(注:代官山蔦屋書店2019年クリスマスポスター)のここのチェロ弾いている人の絵なんか、米粒に描くぐらいの細かさですよ。面相筆の毛1本ぐらいで描かないと無理じゃないですか。しかも水彩だから、水を溶いたときの筆先の水分がちょっとでも多いと、絶対ジュワッといっちゃいますよ、これ。すごい。

junaida 原寸で描くのは理由があるんです。たとえば、トランプも原寸で描いているんですが、描いた絵が、こういう大きさのこういう形になるってわかっているのであれば、そのサイズで描いた方が、実際に受け取る人がどういうふうに見えるかっていうのがわかるじゃないですか。だから、原寸で描くことが多いんです。でも、逆に、小さく描いて大きくするのも好きです。たとえば、A2サイズのポスターカレンダーは、その半分のA3で描きました。ポスターって、壁に貼って少し引いて見るじゃないですか。だから小さいやつを大きくするぐらいがちょうどいい。

祖父江 たまに線画は、線の感じを出すためにあえて拡大することもあるけど、水彩ではめったにないと思う。大きくすると粗が出ちゃうから難しい。ここに来てくれたみなさんに、原寸でびっくりしてほしいのは、この絵(「雷鳴のマントのおじいさんの孫娘の」)ね。


祖父江 前のページ(「でんでん太鼓のカミナリ雲の」)には、この子たちの絵がないように見えるじゃない? でも、よく見ると、ノンブルみたいな大きさの絵がちゃんとここに描かれてるんだよね。

junaida シミじゃないんですよ(笑)。


祖父江 本当に技術力がここまですごいヤングがいると思わなかった。最初会ったとき、もっと年配の人が来るかと思ってたら、若過ぎ! この技術どうやって磨いたんですか?

junaida 毎日ちょっとずつ、一生懸命やってました。

祖父江 毎日一生懸命が大事なんだ。驚きだよね。

junaida 技術って、たぶんその人によって、自分の都合のいい技術だけが伸びていくんだと思います。逆に、そうじゃないところは全然駄目みたいな。

文字の組み方で読むスピードが変わる

祖父江
 なるほど。それじゃあ、次は、文字の話ですね。

junaida 僕、自分で文章も書く本を作るのは、実はこれが初めてだったんです。それで、どう文字を組んで見せるか、編集者と相談して、コズフィッシュさんにお願いしたいという話になって。

祖父江 文字のことは任せてください。

junaida 本当に最高でした。文字の組み方も何パターンか試してくださったんですよね。例えば「お気に入りの コートの」「ポケットの 中の お城の」とか、「の」の後ろに少し間隔をあける場合、1mmあけるか2mmあけるかで、読むときのスピードやリズムが全然変わるんですよね。それがすごく面白いと思って。

藤井 「の」の字がテーマの本なので、文字組みについては悩むところもけっこうあって。『お気に入り「の」コート…』みたいに単語と単語をつなぐ「の」だけではなくて、たとえば「女の子」みたいに、一つの単語の中に「の」が入っているのも混ざってきます。何パターンか提案させていただき、最終的には、間隔をあけずにいきましょうっていうことになりましたね。

junaida いろいろ考えた結果、読者のみなさんに自分なりのリズムで読んでもらうのが一番いいんじゃないかって。読んでて、自然に切りたくなるところ、息継ぎをするところって、個人で違う。一枚一枚の絵の受け取り方についてもそうなんですけど、「全部が全部、ここはこうです」というのを決めたくないという思いもあって、委ねられる部分はお任せして、読むときに読者の方が能動的になれる余白を残そうと、全部あけずにいくことになりました。

祖父江 書体のことについても話しましょうか、藤井さん、お願いします。

藤井 本文は、「筑紫明朝」という書体で組んでいます。一文一文が短いので、さらっと読み流してしまうのではなく、少し目に引っかかるようなしっとりとした感じの書体が似合うかなと思って選びました。

祖父江 筑紫明朝の特徴は、潤いがあって柔らかいんです。

junaida ルビもそうですか?

藤井 ルビは、別のゴシックの書体を組み合わせてます。

祖父江 あとこれ、字間はベタではないですよね?

藤井 「1歯あき」といって、文字と文字の間を0.25mmずつ微妙にあけてます。字間をあけずにベタで組むと良くも悪くも割とすっと読めてしまうんです。

祖父江 小説みたいなスピードで読んじゃうんですよ。

藤井 あけたほうが、目が文章を追うスピードがちょっとだけゆっくりになるんです。

junaida なるほど、それは全然知らなかった。

文字の「偉そうさ」をなくしたい


藤井 でも、2歯(0.5mm)あけると、今度はぶつ切りになっちゃう。

祖父江 偉そうになっちゃうの。えへん、どうだ、あけたぞみたいな感じ。偉い人がしゃべるときって時間がちょっとずつあいてて、俺は社長だぞみたいな感じが出るでしょう。

junaida 社長風(かぜ)が吹いちゃう(笑)。

祖父江 ルビをゴシックっていうのも洒落てるよね。ゴシックルビができたのはたしか1990年ぐらいでしたっけ。それまではルビって全部明朝だったの。

junaida そうなんですか。

祖父江 そうなのよ。おどろき、ももの木……?

junaida さんしょの木(笑)。

祖父江 しかも細いゴシック。

junaida そうですね。たしかに、細い。これは言われないと気づけないかも。でも、はっきり気づけなくても、知らず知らずに伝わってくるものがある。それが文字の面白いところですよね。あと、この文字の入っている位置は、どうしてここに? 

藤井 最初にjunaidaさんの原画を拝見したときに、左右対称のシンメトリーの構図が多くて、数学的な美しさを感じたんです。ラフでも、文字をページのセンターに置いていましたよね。

junaida なんも考えずに真ん中に書いてました。

藤井 実は、絵と文字が両方センターに来たときには、どうしても文字の主張が強くなってしまうんです。文字を先に読んでから、絵を見ようとしてしまう。美術館で絵を見るときに、意味が知りたいから、絵よりも先にキャプションを読んでしまいがちみたいなことにも似てて、文字の「偉そうさ」を少し外したいなっていうのがあったんです。

祖父江 補足すると、センターの位置というのは、強くなって、「威張る」んですよ。

藤井 ただその、整列した数比的な美しさみたいなものは、この本を通して貫きたいなっていう気持ちがありました。それでどうしたかというと、ページを縦に3等分したうちの右から3分の1のところにテキストを置いたんです。

junaida 見たときに、絵→文章っていう順番にちゃんとなるのは、この位置がそうさせてくれてるんですね。

祖父江 そうなんですよねー。しかも置き方が曖昧すぎると「ふしだら」になってしまうので、緊張感としてのバランスが「2:1」。美しいぜ。

junaida きれいですよね。この位置に文字がきたのかーと思って、びっくりしました。

第3回につづく)

2020.12.21

  • Twitter
  • Facebook
  • Line
  • junaida

記事の中で紹介した本

関連記事