あのねエッセイ

特別エッセイ|マルセロ・ビルマヘールさん『見知らぬ友』

2月の新刊『見知らぬ友』は、アルゼンチンで数々の児童文学賞に輝く実力派作家、マルセロ・ビルマヘールさんによる中高生向け短編集。揺れ動く10代のどこか不思議で謎めいた日常が綴られた一冊です。邦訳版の刊行を記念して、ビルマヘールさんが日本の読者に向けて寄せてくださったエッセイを、作品の翻訳者、宇野和美さんの訳でお届けします。ぜひお楽しみください。

『見知らぬ友』が日本で刊行されて

マルセロ・ビルマヘール(訳:宇野和美)


『見知らぬ友』が日本で翻訳出版されるという知らせを受けとったのは、エルサレムからブエノスアイレスに帰る途中、ロンドンの空港にいるときでした。そのとき感じた大きな喜びと感動は、今も続いています。自分の書いた物語がそんな遠くまで届くとは! 小説や短編のおかげで、私は25歳の頃から、遠い土地へと足を運んできました。54歳の今は、前ほど出かけなくなりましたが、私の本はあいかわらず世界をかけめぐっています。

そもそものはじまりは8歳、小学校3年生のときでした。私は、よく文房具をなくす子どもでした。そこで、いらない紙の裏に「教室新聞」を書き始めました。ニュースや、自分で作ったコントや冒険物語をのせた、その新聞をクラスメイトに貸して、かわりに消しゴムや鉛筆やコンパスをもらうことにしたのです。けれども、そうやって文房具をかき集めても、下校時間には、また何かなくすので、次の日も新しい新聞を書かなければなりませんでした。そんなわけで、物心ついたときからこれまでずっと私は、わくわくする楽しいお話を作ることに心をくだいてきました。

私が書く短編の多くは、ぼんやりとした記憶から出発しています。実話ではありませんが、どの話にも本当にあったことがあります。思い出と作り話の両方が含まれているのです。日常生活においては、思い出と作り話は区別することが求められます。けれども、文学の中では、誰も傷つけることなく、思い出と作り話が混ざりあうことができます。

この本の作品は、さまざまなテーマを扱っています。表題作の「見知らぬ友」は、「人は挑戦しないで生きていけるのか」という、古くからある問いかけがテーマです。天国にいる人は、食べるものや着るものに困ることはありません。けれども、ずっとそのままではいられません。天国に困難はありませんが、私たちは常に、パンや水とともに、冒険も必要としているからです。子どもの頃、聖書の物語(トーラーや旧約聖書)が私の心をとらえました。この短編集の、私のお気に入りの短編のひとつは、旧約聖書に登場する、世界一力持ちの男、サムソンのエピソードに基づいています。ホメロスの『イリアス』や『オデュッセイア』などのギリシャの古典は、子どものころから今に至るまで、私の愛読書ですが、現代の若者が、今ここで、彼らと同じような境遇に陥り、苦難に出会ったらどうなるだろうと、よく想像します。「世界一強い男」は、オンセ地区(注:ビルマヘールが暮らし、主な作品の舞台になっているブエノスアイレスの地区)のサムソンとデリラなのです。

「黒い石」は、探し物がテーマです。私が知る人々はみな、生きているあいだじゅう、何かを探しています。探すものは、失った物のこともあれば、実際は持っていないのに、自分のものだと思っているものや、時には何かわからないもののこともあります。

「飛行機の旅」は、親の存在をめぐる話です。私は18歳のときに父をなくしましたが、いまだ、父の助言なしに生きる心構えができていないと感じることがあります。でも、考えてみると、人というのは、親がいることにも、いないことにも、準備ができないまま生きていくものなのかもしれません。飛行機で偶然出会った少年と大人が交わす会話は、親子の関係をふりかえる最良の方法のようです。人は親になってから—シモンという男の子と、サブリナとサラという女の子の父親であることは、私の人生で最もすばらしいことです—、それが、その後、一生続く恩恵であり責任であると知ります。一方、子どもも、親がそこにいようがいまいが、ずっと親という存在をかかえて生きていくのです。

「ヴェネツィア」は、よるべのなさと偶然、またその組み合わせから生まれました。ペットを持つことを私はずっと避けてきましたが、今は猫3匹と亀1匹と暮らしていて、短編によく動物を登場させます。

どの短編でも、中心となる問題があって、のっぴきならない状況に陥る幾人かの登場人物がいて、ある結末に至ります。はっとさせる、思いがけない結末であることを私は期待しています。また、この本を読む前には思ってもみなかった世界の見方を、みなさんと分かちあえたらと切に願っています。

日本の文化は、私の創作に大きな影響を与えてきました。黒澤明監督の映画から、谷崎潤一郎やノーベル賞作家川端康成の作品、幼いころテレビで見た「ウルトラマン」などスーパーヒーローと怪獣のシリーズもの、好物の刺身といった食文化まで。こうして日本の若い読者とつながることができて、作家冥利に尽きます。私の本は多くの言語に翻訳されてきましたが、若者向けの本の翻訳はそれほど多くありません。ですが、私の会心の作のいくつかは、中学や高校で読まれている作品です。私のアイデアやプロット、論理展開や感情が、日本の読者のみなさんが楽しいひとときを過ごすのに役立てば何よりです。作家というのは、読者に読まれようと切磋琢磨するものですから。読むという行為は、楽しくなければなりません。みなさんのうちのどなたかが、この本のどれかの短編に、ずっと探しているものを見つけてくれたならうれしいです。


Essay by Marcelo Birmajer, about EL COMPAÑERO DESCONOCIDO
© 2021, Marcelo Birmajer
Permissions granted by Marcelo Birmajer
through Agencia Literaria Carmen Balcells S.A., Barcelona
via Tuttle-Mori Agency, Inc., Tokyo



マルセロ・ビルマヘール(Marcelo Birmajer)
1966年、ブエノスアイレス生まれのユダヤ系アルゼンチン人作家。1992年ごろから一般向けの小説、児童文学などを多数発表。新聞のコラムや映画脚本(「ぼくと未来とブエノスアイレス」)も手がける。児童文学ではアルゼンチンIBBY支部最優秀賞など多数の賞を受賞している。

宇野和美(うの・かずみ)
1960年生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒業。出版社勤務を経て、スペイン語圏の本の翻訳に携わる。バルセロナ自治大学大学院修士課程修了。訳書に『ちっちゃいさん』(講談社)『マルコとパパ ダウン症のあるむすことぼくのスケッチブック』(偕成社)『くろはおうさま』(サウザンブックス社)『太陽と月の大地』(福音館書店)など多数。スペイン語児童書専門ネット書店「ミランフ書店」主宰。

2021.03.05

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