あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|三宮麻由子さん『センス・オブ・何だあ?ー感じて育つー』

一人の子どもが育っていくときに、大切なものとは何でしょうか。
この度の新刊エッセイ『センス・オブ・何だあ?ー感じて育つー』の著者、三宮麻由子さんは、レイチェル・カーソンの「『知ること』は『感じること』の半分も重要ではない」という言葉をより深め、「『感じる』ことのほかにもう一つ、私は『何だろう』も大切にしています」と続けます。
この手に触れるものは何だろう? あの音や声、この味や匂いは何だろう? 日々小さな疑問を持つことが、子どもたちをより広く豊かな世界へ導くことになる―。エッセイに込めた思いを三宮さんに綴っていただきました。

深く楽しく感じるために

三宮麻由子



昨今、五感や感覚が大切という話題がよく聞かれます。が、実際に感覚を磨き、感じ取る力を生かした生活をするにはどうすれば良いかは、あまり語られていない気がします。耳を澄ませて自然の音を聞いてみようといった内容の本は多くあっても、聞く前に既に自然界の状況が目で見えているので、そこから目を閉じても、ゼロから聞いて風景の大きさを感じることにはなりません。むしろ、目で見て出している答えを耳で確める作業に近いのではないでしょうか。
この本は、視覚で捉えて答えを出す前に、体で、耳で、鼻や舌で直接対象の存在を感じる方法を、私の経験から書きました。
目で見ずに感じるときに大切なのは、「何だろう」という気持ち。「なぜ」や「どうなっているの」よりもずっと直感的に、「これは何?」と直接問いかける気持ちです。
タイトルの「センス・オブ・何だあ?」は、海洋学者レイチェル・カーソンの名著『センス・オブ・ワンダー』から洒落で付けました。まさに、「何だあ?」と首をかしげるところから始まる本です。
私は4歳のころ、目の手術を受けて一日にして光とさよならしました。そこで、3歳までの乏しく幼い記憶を頼りに、目を使わずに世界を捉え直すため全神経をフル稼働させて「感じる」ことに集中しました。見えている人が答えを確めるために視覚でない感覚を使うのと違い、そもそも答えが分からないところから始まり、答えを見出し、心で感じ取ろうとしたのです。
20代半ば、野鳥の声を250種ほど聞き覚えて探鳥に行き始めたら、感じることが心から楽しくなりました。鳥の声と生態を憶えておいてフィールドに出ると、囀りなど大自然の音や香りから、季節の移ろいや天気、稜線の広さまでを感じられるようになったのです。手で触れられない景色や空の雰囲気を知るには人に説明してもらうしかなかった私が、鳥の声や自然の情報を感じることによって、自分の力で、リアルタイムである程度景色を捉え、楽しめるようになったのです。
エッセイを書くうちに、この方法は、目が見えても有効なのだと分かりました。さらに、感じることには視覚を超える力もあると気づきました。それならぜひ、子どもたちともこの感覚の冒険を楽しみたい。その気持ちを込めて書き上げました。
目で見て分かる答えと、体で感じて分かる答えは、しばしば大きく違います。ある山で木の幹に耳を付けると、木の中からサラサラと小川の流れが聞こえてきました。案内の方に近くに沢があるか尋ねたら、200メートルほど下ればあるといいます。目には見えない沢の音を、私は木の幹を通して聞いたのです。これは、私でなく、木が聞いている音なのです。視覚から自由になるとこのように、空間を超えて感じられることが出てきます。
大人、子どもの枠を超え、世界をより深く、より楽しく感じられるよう、この本では実際的な方法を取り上げています。実験マニュアルとしてもエッセイとしても楽しめると思います。素晴らしい「何だあ?」の世界へ、扉を開いてみませんか?



三宮麻由子 (さんのみやまゆこ)
エッセイスト。東京都生まれ。高校時代に米ベンロマンド・ハイスクールに留学。上智大学フランス文学科卒業。同大学院博士前期課程修了、修士号取得。外資系通信社で報道翻訳に従事。デビュー作『鳥が教えてくれた空』(日本放送出版協会、現在は集英社文庫に収録)で第二回NHK学園「自分史文学賞」大賞受賞。『そっと耳を澄ませば』(同)で第四九回日本エッセイストクラブ賞受賞。主なエッセイに『ルポエッセイ 感じて歩く』(岩波書店)、『ロング・ドリーム 願いは叶う』(集英社)など、主な絵本に『おいしい おと』『でんしゃは うたう』『かぜ フーホッホ』(以上、福音館書店)など、たくさんの作品がある。文筆活動のほか新井満氏と「この街で」を作曲。講演、ピアノ演奏、俳句、華道といった様々な活動をしている。趣味はバードリスニング。

2022.03.03

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