あのねエッセイ

特別エッセイ|北村紗衣さん 女の子が飛ぶ道はバレエシューズでも、飛行機でもいい〜『バレエシューズ』刊行によせて

1930年台のイギリス・ロンドンを舞台に、縁あって姉妹となった3人の少女たちが、自分だけの道を歩み始める成長の物語『バレエシューズ』。刊行に寄せたエッセイを北村紗衣さんにお寄せいただきました。ロンドンの大学で博士号を取得し、シェイクスピア、フェミニスト批評、舞台芸術史がご専門の北村さんならではの『バレエシューズ』の書評をぜひご覧ください。

女の子が飛ぶ道はバレエシューズでも、飛行機でもいい

北村紗衣


この本を手に取った時、私は『バレエシューズ』というタイトルにも、ノエル・ストレトフィールドという作者にも覚えがありませんでした。手にとって読み進み、23ページにさしかかって、主役のフォシル三姉妹が後見人のシルヴィアを「ガーニィ」(「保護者」を指す英語「ガーディアン」を短くした形)と呼ぶようになる場面で、突然思い出しました。「わたし、この本読んだことある!」

子どもの頃、わたしは手当たり次第に地元の図書館で本を借りて読んでいました。ガーニィと呼ばれる女性が少女たちを育てる話も、たしかに読んだ覚えがあります。すぐ書房版を読んだのだと思いますが、タイトルにあまり特徴がなかったので、覚えていなかったのでしょう。ストレトフィールドは他に『スケーティング・シューズ』(日本語タイトルは『ふたりのスケーター』)など「〇〇シューズ」という本をいろいろ出しており、他にもちらほら読んだ覚えのあるものがありました。ちなみに、書店を舞台にしたアメリカ映画『ユー・ガット・メール』(1998年)には、お客さんが「なんとかシューズ」とかいう本を探しにくるところがあります。タイトルに特徴がなくて覚えづらいのは、英語圏の人にとっても同じなのでしょう。

そんなわけで、ひょんなことから過去に楽しく読んだ本とうれしい再会を果たしました。大人になって読み直してみると、子どもの時には気付かなかったところに気付きます。わたしは3年半イギリスのロンドンに住んで、テムズ川のそばにあるキングズ・カレッジ・ロンドンの大学院でシェイクスピアの受容史を研究していたことがあります。この本で三姉妹を引き取ったガムおじさまは家中に化石コレクションを置いていますが、ロンドンにはこういう収集家の家をそのまま公開したり、コレクションを引き取って昔ながらのやり方で展示したりしている博物館がまだあります(わたしの通っていた大学から歩いて行けるところにあったサー・ジョン・ソーンズ美術館は、そういう感じの博物館でした)。

長女で女優志望のポーリィンと次女で勉強好きなペトローヴァが出演するシェイクスピアの『夏の夜の夢』はイギリスでは定番のお芝居で、わたしは夏にリージェンツパークの野外上演でも見たことがあります。三女でバレリーナ志望のポゥジーが憧れのバレエダンサーであるマノフが踊る『ペトルーシュカ』の公演をウキウキしながら見に行くところがありますが、わたしも大好きなマシュー・ボーンのバレエ『白鳥の湖』を初めてサドラーズウェルズ劇場に見に行った時には、わざわざ着物でおめかしして行きました。『バレエシューズ』は1936年、今から80年以上前に書かれていますが、歴史が息づく現代のロンドンにも、今なおこの本に登場するような文化が残っているのです。

そして『バレエシューズ』に登場する中で、現代の子どもたちにも一番身近に感じられそうな要素は、フォシル三姉妹の自立心あふれる姿です。この本は、女の子にはいろいろな個性があり、仲の良い家族や友人でも選ぶ道が違うのはふつうなのだということをさらっと描いているところです。ポーリィンとポゥジーは芸術家肌ですが、ひと味違う夢を持っているのはペトローヴァです。ペトローヴァは姉妹の中ではいちばん舞台に向いておらず、飛行機や車に興味を持っています。家族を助けるために舞台に立ってお金を稼ぐことはしますが、一方で自分の夢をあきらめることはありません。さらに、ガーニィや自動車修理工場を経営するシンプソンさんなど周りの大人たちも、機械が好きなペトローヴァを女の子らしくないとか言ってバカにしたりはせず、けっこう協力的です。


この本にこめられた大事なメッセージは、女の子が飛びたいと思った時、選ぶ道具はバレエシューズでも、飛行機でもいいんだ、ということなのです。この本を読んだ後、読者の皆さんも是非、好きな道具を使って飛んでください。


北村紗衣(きたむら・さえ)
1983年北海道士別市生まれ。キングズ・カレッジ・ロンドン英文学科にて博士号取得。研究分野はシェイクスピア、フェミニスト批評、舞台芸術史。武蔵大学人文学部英語英米文化学科准教授。著書に『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち──近世の観劇と読書』 (白水社、2018)、訳書にキャトリン・モラン『女になる方法──ロックンロールな13歳のフェミニスト成長記』(青土社、2018)など 。   

2019.03.04

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