作者のことば

おおきなひとのための『どんぐりころころむし』澤口たまみさん

どんぐりを拾って、びんの中に入れていたら、いつのまにか穴があいて、虫が出てきた! そんな体験をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。10月新刊の『どんぐりころころむし』では、秋の林でどんぐりを拾ってきた男の子と、そのどんぐりから出てきた虫との出会いが描かれます。
「どんぐりころころむし」って? という読者の方の疑問におこたえするのが、おおきなひとのための『どんぐりころころむし』。「ちいさなかがくのとも」刊行当時、作者の澤口たまみさんが親子で絵本がもっと楽しくなるようにと書いてくださいました。当時の折り込みふろくから再掲してお届けします。


おおきなひとのための『どんぐりころころむし

澤口たまみ

ぴかぴかのドングリに穴が開いて、中から虫が出てくるなんて、まるで手品のようですね。そして手品にしかけがあるように、虫が出てくるドングリにも、ちゃんとしかけが隠されています。

“どんぐりむし”って?

ドングリから出てくる虫を、俗に“どんぐりむし”と呼びます。拾ったドングリから出てくることが多いのは、シギゾウムシの仲間の幼虫ですが、オトシブミという虫の仲間や蛾の幼虫が出てくることもあります。ゾウムシとは、ゾウのような顔をした甲虫の仲間です。ただしゾウムシの場合、長くのびているのは鼻ではなく口で、口吻と呼ばれます。シギゾウムシは、ゾウムシの中でも特に細長く、弓なりにカーブしたみごとな口吻を持ちます。
シギゾウムシの「シギ」は、鳥の名前からつけられました。シギは細長いくちばしを持った鳥で、そのくちばしで海岸の砂の中から貝を探して食べます。つまりシギゾウムシという名前は、ゾウのような顔をした甲虫のうち、シギのように細長い口吻を持つ仲間につけられたものです。ややこしいですね。

シギゾウムシの口吻は、オスよりメスのほうが長く、頭からお尻までの長さよりも、口吻のほうが長いくらいです。だからシギゾウムシのメスは、長い口吻を、少し持ち上げるようにして歩かなければなりません。その体長は、口吻を含めても一センチに満たないほど小さいので、ドングリの木の枝でシギゾウムシを見つけることは、あまり多くありません。
けれどもメスは、ドングリの木の枝に若い実がつくころに、必ずその枝にいて、ドングリに“しかけ”を施しています。そのしかけとは、産卵です。メスは、細くて長い口吻を体ごとゆっくりと回しながらドングリの若い実に穴を開けます。それから体の向きを変えて、おしりの方にある産卵管をその穴に差し込み、卵を産むのです。
卵から孵った幼虫は、ドングリの中身を食べて成長し、殻に丸い穴を開けて出てくる、というわけです。ですから、もしどんぐりむしに出会いたければ、殻や“帽子”にぽちっと針で突いたような跡が残っているドングリを探すとよいでしょう。

まだ小さいコナラのドングリの上で、交尾しているシギゾウムシのペア。下にいるのがメス。


好き嫌いの少ない生き物

それから私の経験上、どんぐりむしの入ったドングリを拾うには、ドングリとクリ、地域によってはクヌギがまじってはえている林に行ったほうが、出会える可能性が高いようです。
ドングリを食べて育つシギゾウムシには3種類います。コナラシギゾウムシ、クヌギシギゾウムシ、そしてクリシギゾウムシです。それぞれコナラ、クヌギ、クリと、自分の名前のついた木の実を食べているのですが、どうしてもその実でなければ食べられないというわけではありません。たとえばコナラのドングリを調べると、クリシギゾウムシがまじっていることもあるといいます。

その理由はもちろん推理するほかはありませんが、ドングリなどの木の実には、よく実る年と、そうでない年が、一年おきにあることが知られています。自分の食べるドングリが少ししか実らない年でも、ほかに食べられる木の実があれば、生きのびることができます。結果としてシギゾウムシたちは、好き嫌いを減らしてきたのかも知れません。
ドングリから出てきて、「むくむくもこもこ」と歩く幼虫はかわいいものです。ドングリから出てくると、もうなにも食べずに、土の中にもぐってしまいます。


林のいのちを支える

この絵本を作るために、大きなドングリやクリの木のしたでシギゾウムシの幼虫を観察していたとき、何匹ものカナヘビの子どもに出会いました。虫を食べてくらす生き物にとっては、この幼虫はごちそうに違いありません。カナヘビの子どもは、この幼虫も食べて冬に備えるのでしょう。ドングリやクリは、そのままでいろいろな動物の食べ物になりますが、シギゾウムシの幼虫が育つことによって、小さなカナヘビのいのちをも支えているのでした。

土にもぐった幼虫たちは、ひと冬、あるいは数年を越して、準備のできたものから蛹になり、夏には成虫になって、細長い口吻を持った姿を現します。土を入れた飼育ケースにどんぐりむしを入れ、冬のあいだも土を湿らせておくと、いつか成虫に会えるかも知れませんね。

土にもぐったどんぐりむしたちが、成虫になる準備をするために作った部屋。
3年以上この中で過ごすものもいる。

写真・高柳芳恵

どんぐりむしをもっと 知りたいひとのために
『わたしの研究 どんぐりの穴のひみつ』高柳芳恵 文/つだ かつみ 絵(偕成社)
『どんぐりむし』藤丸篤夫 写真/有沢重雄 文(そうえん社)
(「ちいさなかがくのとも」2019年10月号 折り込みふろくより)

澤口たまみ

岩手県生まれ。岩手大学農学部で応用昆虫学を専攻、修士課程修了。著書に『虫のつぶやき聞こえたよ』(白水社・第38回日本エッセイストクラブ受賞)、『宮澤賢治 雨ニモマケズという祈り』(共著・新潮社)、『昆虫楽園』(山と溪谷社)、『たまむし日記』(ツーワンライフ出版)などがある。絵本に『わたしのあかちゃん』『みつけたよ さわったよ にわのむし』『いもむしってね…』『わたしのこねこ』『だんごむしの おうち』『はるのにわで』(以上、福音館書店)などがある。「ちいさなかがくのとも」にも著書多数。

2022.10.10

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

記事の中で紹介した本

関連記事