あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|クリハラタカシさん『日曜日のはじめちゃん』

お休みの日、予定を入れて子どもとどこかに出かける。そんなふうにレジャーの楽しみを満喫するのもよいですが、実は、のんびり過ごす "なんでもない日常" の中に、おもしろさや幸せがつまっている。そんな風に感じることもありませんか? 今月の新刊『日曜日のはじめちゃん』は、なんでもない日常のなんでもない幸せを温かに描いたマンガ作品です。作者のクリハラタカシさんに、作品に込めた思いをエッセイにして寄せていただきました。

なんでもない話

クリハラタカシ

 
『日曜日のはじめちゃん』は特に何でもない瞬間ばかりの話です。ただしそれは小さいはじめちゃんが初めて向き合う出来事ばかりだったりします。
実ははじめちゃんのお父さんとお母さんが主役の漫画もあります。「ひろしとみどり」というタイトルで、はじめちゃんが生まれる前の話です(『冬のUFO・夏の怪獣【新版】』収録)。こちらもドラマチックなことは特に起きませんが、自分なりに「なんでもない会話」を研究して描いてみた漫画です。実は昔から自分は日常会話や無駄話ってどうやってやるんだろう? とわからないで生きていました。なので密かに会話が面白い人の無駄話を観察したり採集していた時期があるのです。
なんでもない会話をすることができなかったので自分が小学生だったある日、母が不機嫌になったことを覚えています。いつも自分があまりに無口なので夕飯中にとうとう母が「この子は今日あった出来事とか、全然喋ってくれない!」と少し怒ったのでした。それを聞いた自分は「あれ? 1日の出来事を全部話していたら丸1日かかっちゃうよな~?」なんて、見当違いのことをぼんやり考えていたのを覚えています。
当然ですが母は「今日、誰とどこで何して遊んだよ」とか「給食の何が美味しかったよ」みたいに息子の生活のハイライトを聞きたかったのでしょう。が、当時の自分はそういう出来事を「取捨選択」して話すという発想が全くなかったのです。そもそもただの日常のエピソードを聞くことの価値や喜びがわかっていなかったので、自分からそれを積極的に伝えようなんて考えはまっさらだったんですね。ちなみにその時の気持ちを元にしたエピソードも『日曜日のはじめちゃん』の中に入っています。
ところで現在、自分の娘は勝手にベラベラいろんなことを報告してくれます。できなかった自分からするとこういうのも才能だと思います。妻に似てよかったです。


「エピソードの取捨選択」と言えば保育園のお絵かきの時間も思い出します。遠足で動物園に行った次の日、「動物園の絵を描きましょう」という時間がありました。絵を描くのは大好きでした。自分は動物園の全景を描き、そこに小さな動物を描き込みました。例えるなら園内地図のような感じです。が、横の子の絵を見て驚きました。ライオンだけを大きく描いていたのです。「描きたいものだけを大きく描く、そういうことをしてもいいのか!」と感動した記憶があります。
そういえば「取捨選択して喋る」というのはなんだか事実と違うことを伝えているような感覚が強くあった気がします。極端に言うと嘘をついているような罪悪感です。「切り取る」という行為にそれを感じていたのだと思います。一方、絵を描くのは最初から堂々と嘘やデタラメだと割りきれていたので好きだったのかもしれません。
大人の自分からしたら当たり前のことも、まだトライ&エラーの少ない子どもにとっては初めてのことだからトンチンカンな理解や思い込みが多かったりします。実際に自分が子供を持って、そんな初めての視点を思い出したり気付かされたりしました。『日曜日のはじめちゃん』にはそんなワンシーンをなるべく集めたつもりです。もちろん取捨選択して。

クリハラタカシ
●1977年東京都生まれ。マンガ家、絵本作家。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。主な著書に『冬のUFO・夏の怪獣【新版】』(ナナロク社)、『ゲナポッポ』(白泉社)、『とおくにいるからだよ』(教育画劇)、『名前のチカラ』(「たくさんのふしぎ」2022年12月号、福音館書店)などがある。

2022.11.02

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