こすずめのぼうけん

こどものとも|1976年4月号

子スズメはお母さんから飛び方を教わりました。羽根をぱたぱたやっているとちゃんと空中にういているので、子スズメはおもしろくなってどんどん遠くまで飛んでいきました。そのうちに羽根が痛くなったので休もうと思いましたが、ようやく見つけた巣にはカラスやヤマバトやフクロウがいて、中に入れてもらえません。やがてあたりは暗くなって……。骨格のしっかりした物語絵本です。

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「こすずめのぼうけん」をめぐって 石井桃子(児童文学者)

 はじめて私が、この「こすずめのぼうけん」の話を読んだのは、ずいぶん前のことです。その機縁になったのは、イギリスで長く児童図書館員をしていて、今は引退していらっしゃるアイリーン・コルウェルさんが編纂して送ってくださった「『お話をして』――五才以下の子どものためのお話集」という、小さいペイパー・バックの本でした。私が、家で文庫をしていることを知っているコルウェルさんは、彼女の、子どもにお話を聞かせてきた長い年月の経験を生かして編んだお話集ができるたびに、かならず送ってくださるのでした。そして、きちょうめんな彼女は、署名といっしょにいつもその本を送りだす年と季節を書き入れてくれます。今、この原稿を書くために紙が黄色く変色しているそのときの「お話をして」を出してみると、「一九六二年、春」と書いてあったので、この絵本のこすずめに会ってから、もう十三年以上の時がたってしまったのかとびっくりしました。
 「お話をして」のなかには、歌あり、昔話あり、創作童話ありで、五才以下の子どもに聞かせる歌とお話が合わせて五十二篇、はいっていますが、大部分は創作童話です。この本をはじめて読んだころ、文庫で、文庫のねえさんたちと代りあって、小さいほうの子どもたちにお話をしていた私にとって、これは、宝の山のように思えたものでした。
 たいていの場合、五才以下の小さい子に聞かせるためのお話といえば、やさしい、たあいもないもののように考えられがちです。語り手と聞き手が、親対子どもとか、おばさん対甥(おい)姪(めい)というような、特殊な関係にあるときは、親やおばさんたちの小さいときの、きれぎれの思い出話などを、子どもたちは喜んで聞きます。今は、おとなである母親やおばさんたちが、自分たちとおなじように小さくて、暗いところをこわがったり、年上の人にしかられたりした話は、子どもたちにはおもしろいでしょうし、親しみのある声や表情も、その話に魅力を加えるでしょう。こういう場合、話し手と聞き手は、お互いの境遇を知りあい、同情しあえる範囲がかなり広いからです。
 ところが、話し手と聞き手が赤の他人であるとき、そして、ひとりの話し手が、十人ほどの、それぞれに違った境遇の五才以下の子どもに話をするとき、どんな話を選ぶべきかは、むずかしい問題になってきます。
 十三年前、「お話をして」という本のなかから、あの話、この話と選んで、子どもに話をしたとき、私は、それほど意識的に、分析的に考えて話を選んだわけではありません。大体、私は、本を(おとなの本でも、子どもの本でも)読むとき、理屈っぽく読むたちではありません。どの話が、まっすぐ私のなかにはいってくるか、どの話が、私の心にぴたっとくるかを、まず最初の規準にします。こういう私に、この「お話をして」のなかの話が、どれもこれもおもしろかったのには驚かされました。そのなかでも、私が一番好きだったのは、「あまり遠くまでとんでいったすずめ」でした。そして、この本のなかから選んで子どもにした話のなかで、これが一番うまくいったようにおぼえています。まい子になったこすずめが、最後に、おかあさんにおぶさって巣に帰り、おかあさんのつばさの下で眠るところでは、子どもたちは、ほんとうに安堵(あんど)したようにため息をつくのでした。
 今度、この話を絵本にすることになって、あらためて原文を一行一行読み返し、話の骨格がいかに立派にできているか、作者がいかにひとことをもゆるがせにしていないかに驚かされました。また、この原稿を書くために、「お話をして」の最初のページから最後のページまでをあらためて読み返し、三十一篇の創作童話が、それぞれに違った題材を扱っていて――たとえば、あるものは、子どもの日常の生活のなかで事件がおこり、あるものには、口をきく動物が登場し、またある話には、人間とおもちゃが共同生活をするというように――それでいて、どれもこれも、幼い子どもの興味をぐんぐん引きつけてゆくように書かれているのにびっくりしました。
 今度、この本を読み直すときには、十三年前と違って、私も勘だけにたよらず、多少考えながら読みましたから、これらのさまざまな話の共通点に気付くことができました。まず、五才以下の子どものお話ですから、長い話ははいっていません。一番長くても、語って十分以上はかからないでしょう。主人公は、子どもの知っている世界の範囲に出てくる具体的なもの――たとえば、男の子や女の子、犬やくまのような動物、ヘリコプターや自動車のような機械など。そして、お話の最初で主人公が紹介され、主人公の住んでいる状況が短く説明され、すぐに事件が始まるところは、昔話の定石をたいへん踏襲しています。
 また、今度発見した、話のあいだの著しい共通点は、くり返しの多いことでした。そのくり返しは、ことばのくり返しの場合もあり、事件のくり返しの場合もあります。くり返しくり返ししているあいだに、事件は微妙に変化して、話は進展します。
 たてつづけに三十一篇の話を読み、くり返しに遭遇するたびに、おとなの私さえも、一種、生理的な快感を味わい、私たちは、もっともっとこのくり返しの意味を考えなくてはいけないのではないかと思いました。くり返しの出てくるたびに、話を聞く幼い子どもたちが、どっと笑ったり、いっしょにそのことばを唱えたりするのを見れば、彼らに、くり返しがどのくらい楽しいものであるかがわかります。しかし、それは、話のなかのことばの響きや行為がおもしろいからだけでなく、まだ現実的にはせまい世界に住む子どもたちにとって、知らない世界にとびだしては、知っているところに戻って安堵するという、子どもの心の成長の秘密も、その喜びのなかに加わっているのではないでしょうか。
 また、話の構成からいっても、くり返しは、作者に、ひとことにも注意することを要求します。そして話は、ちょうど上手になわれた縄(なわ)のように、じつに緊密な関係を保ちながら進展して、結末に達します。縄のなかに組み込まれる小事件としては、子どものせまい知識と、広い空想力がフルに動員されます。三十一の創作童話を楽しみながら、幼年童話とは、何とむずかしいものだろうと、私はため息をつきました。
 この絵本をつくるにあたって、パリに住む堀内誠一さんと遠くから何度も御相談しあい、また、じかにも会ってのお話もできたことは、ほんとうに幸いでした。なお、お話のもとの題が長くて、表紙にはいりきらないため、著者の了解を得て、短く変えました。

基本情報

カテゴリ
月刊誌
ページ数
32ページ
サイズ
19×26cm
初版年月日
1976年04月01日
シリーズ
こどものとも
ISBN
テーマ

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