あさえとちいさいいもうと

こどものとも|1979年5月号

お母さんの留守に妹のあやちゃんと家の前で遊んでいたあさえは、あやちゃんを喜ばせようと夢中で道に絵を描いていました。ところが顔をあげると、いつのまにか、あやちゃんがいなくなっています。あさえは妹をさがして、どきどきしながら、いつもお母さんといく公園に向かって走りました。小さな子どもの心の動きを、文と絵が一体となって緊迫感をもって描きだします。

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「年上」になってしまったすべての人たちへ…… 筒井頼子(作家)

どうしていつも、なくしものばかりするのでしょう。
毎日、捜し物に費やす時間ときたら、ひどいものです。捜す物に限って見つからず、見つからない物に限って、この上なく大切な宝物に思えてきます。
失せ物なら、まだあきらめもしますが、失せ人となると、簡単にあきらめるわけにはいきません。目も、いよいよ血走ってこようというものです。
でも、どうやら、それは私ばかりではなさそうで、一日に一度や二度は、この血走った目に出会います。
家の近くでなら、
「花子、見なかった?」
「太郎、知らない?」
少し離れた所でなら、
「赤い帽子の男の子を見ませんでしたか?」
「リボンをつけた女の子が通りませんでしたか?」
と、いったぐあいです。
その厳しい、はりつめた顔!
よく、わかるのです。
そんなときのわが子は、わからず屋のギャングなどではありません。だれもがねらわずにはいられない、天使なのです。
見知らぬ人は、皆、極悪非道のゆうかい魔、その魔の手をうまくかわしたとしても、次に待ちうけるのは車か、それとも……。
妄想は果てしなく広がります。
いとけない笑顔やしぐさが目にちらつきます。理不尽にどなったときの光景などが、まざまざと浮かんできます。
哀れな運命の子――。
後悔の念にうちひしがれ、しおれかえったころ、「運命の子」は、ケロリとした顔で、台風のようにあらわれるのです。 
この、ギャングめ!
***
小さな娘をふたり連れ、買いものに行きました。
マーケットは、混んでいました。
マーケットの前の広場にふたりを遊ばせ、私は中に入りました。
買いものがほぼ済んだころ、外で娘の声とおぼしき泣き声がひびきました。
あたふたと外に出てみると、下の娘の姿が見えず、上の娘が、途方にくれた顔で泣いていました。
「いないの、いなくなっちゃったの…」
娘は、泣き続けました。
私は青くなって、あたりを見回しました。
なんということはありません。
下の娘は、広場の木の陰で、喜々として泥あそびをしていたのです。
上の娘の困り果てた顔と、幼い方の屈託のない顔が、とても対照的で、強く印象に残りました。
私にもよく覚えがあるのですが、「年上」になってしまうことは、なかなかつらいことなのですよね。
***
「はじめてのおつかい」(福音館書店刊)を描いてくださった林さんに、また、すばらしい画をつけていただきました。
姉になり、兄になり、そして、お母さん、お父さんになってしまった、すべての「年上のあさえ」に、この本をお贈りします。

基本情報

カテゴリ
月刊誌
ページ数
32ページ
サイズ
19×26cm
初版年月日
1979年05月01日
シリーズ
こどものとも
ISBN
テーマ

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