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窓辺でうつら 五味太郎
昼下り、陽のあたる窓辺に置かれた水槽の中の金魚は、春がそのまま魚になったみたいにうらうらしています。歌の文句にあるとおり、いま昼寝の真最中、寝ごとのアワをプツプツ、見ているこちらもねむくなります。いつのまにかうつらうつら、あっ、飲みかけのお茶をひっくりかえした。おまえがそんなにうっとりしているから、見てるほうまでうっとり、うっかりしちゃうじゃないか。まったくこれはキンギョ迷惑というやつで……などとぼくもブツブツこごとのアワをだしたので金魚のやつ、冗談じゃない、うらうらしてるのは生まれつき、お茶をこぼしたのはおまえの不注意、変ないいがかりはよしてくれ、とばかり、ふっとどこかへ行っちゃいました。いいんです、いいんです、よくあることなのですから、ぼくの金魚、すねてすぐどこかへ隠れてしまいます。でもぼくはほうっておきます。金魚が隠れるところは、いつもだいたいきまっているんです。
そのうち、子どもたちがきっと見つけてくれるでしょうから、まかせておきましょう。おい、金魚がにげたよ、見つけておくれ、ぼくは春の陽ざしの中、そのままうつらうつらしています。
しま馬のしま、話はうつらうつらのまま変なほうにうつりますけど、しま馬のしまや、熱帯魚の模様みたいに派手なものが、彼らの生活圏では実に巧みなカムフラージュになるんだと聞いたことがあります。ですから他の場所へ、なんらかの都合でつれてゆくときは、それなりの色に塗りかえてやらなければ気の毒です。
食器戸棚の中に、また話は変わりますけど、ままごと遊びのカップが並んでいます。おもちゃ箱の中にお古のティ・カップがはいっています。どちらもお茶をいれて飲むことができます。どちらのカップもままごと遊びができます。さて、どちらがカップで、どちらがカップのおもちゃなのでしょう。これはむずかしい問題です。
いつだったか、たわわに実った柿の木に、リンゴをひとつぶらさげておいたことがあります。ぼくがニヤニヤして見ていると、やがて鳥がやってきて、あっちこっちの柿をつついて、ついでにリンゴもつついてそのまま飛んで行っちゃいました。彼はぜんぜんわかっていないのです。
ぼくはまだうつらうつらしています。金魚をさがしていた子どもがもどってきました。どうやら見つけたようです。子どもたちが、次はぼくがどこかに隠れろといいます。よし、隠れるゾ。ぼくは深々とベッドの中へ隠れます。
基本情報
- カテゴリ
- 月刊誌
- ページ数
- 24ページ
- サイズ
- 21×20cm
- 初版年月日
- 1977年06月01日
- シリーズ
- こどものとも年少版
- ISBN
- ー
- テーマ
- ー
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