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色玉のこと 元永定正
色玉の絵を最初に描いたのは29年前、1953年ごろだった。当時郷里伊賀上野から神戸に出て来た私は夜空に光る奇麗なものを見た。それは六甲山系の摩耶山のてっぺんに夜になれば輝くネオンサインだった。一へやを借りて住んでいた魚崎あたりから見た摩耶山は丁度おわんをふせたようなよいかたちで、その上に小さく光るピンクやブルーのネオンサインはいつも私の心をなごませた。「さすが都会の山は伊賀の山とは違うもんだ」と変なところで感心した。
隣りの町の芦屋市の美術展はそのころからもうほとんど抽象画ばかりで裸婦を出品した私はその新鮮さにおどろいた。そこで私も我流の抽象画を描いてやろうと考えたが、どうしてよいかわからないのでとりあえずそんな身近な感激をとり入れて制作した。それはおわんのように半円を画面いっぱいに描いてそのてっぺんに赤・青・緑などの絵の具を指さきでくるくると丸くこすりつけた作品で、「宝がある」というタイトルにした。そうして生まれた色玉はそれからしばしば私の作品に出現する。
この絵本の色玉は口を大きくあけたようなところからたくさんの小さな色玉が次ぎ次ぎと出て来て、ころころころとどこまでもころがって行く。この玉は低い方へころがって行くばかりでなく、生きもののように階段や坂道を登ったりしながらころがって行く。夕焼けが真赤に映った道もころがって行く。黒い夜道はでこぼこでとても大変だ。坂道を登りつめるとそこは断崖ですとんと落ちるが、もしかすると飛び降りたのかも知れない。嵐の道は風に吹き飛ばされる。しかし小さな色玉たちは前へ前へころころところがり進む。オレンジのお山を登ったり降りたり、ふわふわ道はおもしろい、ジェットコースターのようなすべり台でスリルを楽しんだりしているうちにもう終点です。ころころころという言葉のリズムをこわさないように文字を考え、ころがって行く道やその状態、色などの変化をおもしろく楽しいものにと気を配って描いているうちに、私たちの人生もこの小さな色玉のように、いろいろなこと柄に出会いながらそれでも前に進んで行くたくましさが大切なのではなかろうかと思った。
基本情報
- カテゴリ
- 月刊誌
- ページ数
- 24ページ
- サイズ
- 21×20cm
- 初版年月日
- 1982年05月01日
- シリーズ
- こどものとも年少版
- ISBN
- ー
- テーマ
- ー
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