作品についてもっと知る
かぶさんのこと 五味太郎
高級ワイン・グラスだとか、洒落た飾り物などを造るガラス製品の制作工房に、ちょっとした用があって、用はちょっとしたことだからすぐに済ませてしまってから、ガラス吹きの職人のわきで、その魔法のような作業をうっとりとして見ていました。
細長い筒の先端に真赤に溶けた飴のようなガラスの塊をからみつかせて、その細長い筒の棒ごとくるくると回しながら、やおら筒の口から、はじめは重々しく、やがて飴がふっとふくらんだら今度はごく軽やかに息を吹き続けると、赤い塊は嘘のように透きとおって、それはまったくの魔法であり、球の肩のあたりから細い首がゆっくりと引き出されて、水差しか花壜のようなその全貌が現われはじめてくると、ぼくとしてはなんだか拍手でもしたい気持になってしまいました。もちろん拍手は我慢しましたが、職人があるところまで吹き終って、残りの息をふうっと外に吐き出したのを見て、おもわず、
――いや、いや、たいしたもんだ。
などと、ぼくは言ってしまいました。もちろんそれは本心ではありますが、実は職人の作業を見つめながら、ぼくも同じような息遣いをしていたものだから、最後の余った息をやっぱり吐き出さねばならず、そのついでにしゃべってしまったわけです。職人はじろっとぼくのことをにらみましたが何も言わず、相変らずゆっくりと細長い棒を回しながら、たぶん冷却用のであろう収納釜の方へ歩いてゆきました。でも何も言わなかったのは手の先に神経質なガラス細工があったからなので、手ぶらでもどってきた職人は、少しからかった目付きになって、
――どう、ひとつやってみるかい。
などとぼくに言うのです。仕事が一段落したこともあったのでしょうが、なにしろぼくは言われるままに、生まれてはじめてのガラス吹きにいどむことになりました。とは言え、工芸デザインとか造型理論などを一応学んだぼくのことですから、ま、作品に対するビジョンといったことはそれなりにあって、その実践に及んだわけですが、ま、つまり、うもすもふもなく、ガラスはいっこうふくらまず、 、半時ほどの格闘の末に、飴が塊のまま糸を引きながら、ぼたっと作業台の上に落ちました。頭のとがったおまんじゅうみたいな作品のまえで、
――かぶさんです。
とぼくは言いました。すると職人が、
――いや、いや、たいしたもんだ。
と言いました。
基本情報
- カテゴリ
- 月刊誌
- ページ数
- 24ページ
- サイズ
- 21×20cm
- 初版年月日
- 1983年05月01日
- シリーズ
- こどものとも年少版
- ISBN
- ー
- テーマ
- ー
みんなの感想(0件)
まだ感想がありません。
ぜひお寄せください。
※いただいた感想は編集を加えたうえで、弊社宣伝物に使用させていただくことがございます。また、本サイトのより良い運営を妨げると判断した感想は、予告なく削除する場合がございます。ご了承ください。
※ご意見・ご感想への返信はいたしておりません。ご質問・お問い合わせについてはこちらをご参照ください。
※ご登録いただいたメールアドレスは、レビューに関する弊社からの問い合わせや連絡等の目的以外には使用しません。

