あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|田中啓文さん『落語少年サダキチ(ご)』

「落語少年サダキチ」は、とある酔っ払いの老人を助けたことがきっかけで、落語に興味を持ち始める小学五年生の少年・忠志が時空を超えて活躍する姿を描いた読み物のシリーズ。物語を読むきっかけとしてはもちろん、読書のおもしろさに気づいた子どもたちの、つぎの1冊にもおすすめの本シリーズですが、早くも今月、5巻目の刊行となりました。作者の田中啓文さんに、シリーズに込めた思いをエッセイに綴っていただきました。

しんどいときに読んでほしい

田中啓文

「落語少年サダキチ」シリーズの作者田中啓文と申します。普段、おとな向けの小説を書いているので、このシリーズをどう書くべきか悩みましたが、結局、子ども向けを意識することなく、いつもどおり書く、と決めました。これがなかなかむずかしい!
今の世の中、暗い、重い、悲しい、腹立つニュースばかりで、子どもたちもコロナやらなんやらで制約の多い日々を送っていると思います。児童文学においても、いじめや差別、戦争……など重厚なテーマの作品が多く書かれており、そういうものを読むのは大事ですが、「ただただ口をあけてアハハハハ……と笑えるような作品」はあまりないのではないでしょうか。私が書きたかったのは、なーんのテーマ性も押し付けも「この主人公みたいにがんばれよ」というメッセージもない、ひたすら笑える愉快な小説でした。
私は子どものころから落語が大好きで、落ち込んだとき、嫌なことがあったときなど、落語を聴くことで救われた経験が何度もあります。だから、このシリーズも「しんどいときに読んだらちょっとだけニコニコ顔になる」ような作品にしたかったのです。
サダキチシリーズは、どこにでもいる普通の子どもが落語に出会って、日常がいっそう楽しくなる……という物語です。といっても、「落ちこぼれの少年が落語を武器に成長していく」とか「伝統芸能のすばらしさを知る」みたいなたいそうな話ではありません。登場人物も、関西弁でいう「けったい」な連中ばかりです。落語みたい? そうなのです! 落語家は同じネタを何度も繰り返して演じます。聴いている方は、どういう人物がどんなことをして、どこでどんな「くすぐり」があるか全部知っているのになぜまた聴きたくなるのでしょう。これは、「あのネタに出てくるアホで愉快な連中にまた会いたい」からなのです。私もこのシリーズを、「あの本に出てきたあいつにまた会いたいな」みたいに何度も再読してもらえるように書いたつもりです。五巻まで続いていることを思うと、その試みはうまくいったような気がします。
読者からの「続きを書け」圧力がすごくて、ある小学校でこのシリーズの解説をお願いしている桂九雀さんと「サダキチ落語会」というのをやったとき、休憩時間に私がひとりで控え室にいると、小学生がひとり入ってきて、「小説って一冊書くのにどのぐらいかかるんですか」と言うので、「半年かかるときもあるけど、がんばったら一カ月で書けるときもあるよ」と答えると、「じゃあ今日は〇月〇日だから今から書き始めたら来月の〇日にはできあがる。がんばってください」と勝手にスケジュールを決めて出ていきました。そんな風に「待ってくれている」読者がいるのはありがたいことですね。
五巻目は、落語では定番の「泥棒」の話と、上方落語特有の「はめもの」(落語のなかに伴奏や効果音が入る)に主人公のクラスメートたちが挑戦する話です。乞うご期待!

田中啓文 (たなかひろふみ)
1962年大阪府生まれ。小説家。93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、短編「落下する緑」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門、2016年「怪獣ルクスビグラの足型を取った男」で第47回星雲賞日本短篇部門を受賞。上方落語を題材にした笑酔亭梅寿シリーズ(集英社文庫)のほか、新作落語も手がける。今作は、「落語少年サダキチ」シリーズの五作目。

2023.09.06

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