あのねエッセイ

特別エッセイ|中村祐介さん「おにぎりは、誰かのために握るもの。」〜『万次郎さんとおにぎり』刊行によせて

のどかな山間の村で、万次郎さんとおにぎりたちが愉快な追いかけっこを繰り広げるお話『万次郎さんとおにぎり』。9月に刊行された本作品の出版を記念して、国内外におけるおにぎり文化の普及に尽力している、おにぎり協会代表・中村祐介さんにエッセイを寄稿していただきました。私たちがふだん何気なく食べているおにぎりの、知られざる歴史から静かな魅力まで、たっぷりと語ってくださっています。おにぎり愛に溢れるエッセイをどうぞお楽しみください!

おにぎりは、誰かのために握るもの。

中村祐介


その食べ物は日本国内で年間80億食流通するともいわれています。それほどまでに日本人に愛されているのに、いまいちスポットライトを浴びない、それが「おにぎり」です。
おにぎりの歴史は寿司や天ぷらよりも古く、稲作のはじまったとされる弥生時代にはすでに食べられていたようです。おにぎりの主たる要素はお米です。日本にかぎらず、東南アジアの水田農耕地帯の多くでイネは精霊の宿る作物であるという信仰が分布しています。日本の「新嘗祭」と同じように、その年に最初に収穫した稲穂に供物を捧げたりしてイネの精霊を祭るのです。そんなお米でつくられたおにぎりは、古くから日本人に愛されてきました。
例えば、平安時代に生まれた世界で最古の長編小説『源氏物語』にも、おにぎりは「屯食」という名前で登場します。このときのおにぎりは、宴会などでふるまわれているものでハレの時の食事でした。その後、戦国時代に突入するとおにぎりは勝負飯へと変化、武士や忍者などが食べるものに。それが平和な江戸時代になると、旅する人々にとってのお弁当となります。
その名残が静岡県藤枝市にあります。当時、藤枝宿に流れる瀬戸川を超えた先の瀬戸村に「染飯」(そめいい)というおにぎりの一種で有名な村がありました。染飯はクチナシの浸出液にもち米を一晩浸して黄色に染め、水を切って蒸籠に入れて蒸すという調理方法だったようです。それを小判型に押し固めて客に供していました。クチナシは栗きんとんなどにも使われますよね。

瀬戸の染飯は戦国時代の文献にも記されていることから、江戸よりも古くから食べられていたようですが人気になったのは江戸時代。十返舎一九の『東海道中膝栗毛』に登場したり、葛飾北斎の『東海道中五十三駅凶画 藤枝』で描かれていたりもします。クチナシには炎症を抑えたりする効果が期待できるので旅のお供にぴったりですし、小判型に押し固めることで旅で荷物にならない食べ物として、重宝されたのかもしれません。

さらに時代は進み、1885年には最初の駅弁が登場、その中身はおにぎり2つに、たくあん2切れ。1889年には最初の学校給食でおにぎりが登場します。そして、1970年代にコンビニエンスストアの登場とともにおにぎりは安くて気軽で手頃な食として日本中に普及していきます。

おにぎりは、日本人にとっていつもそばにいる存在でした。あまりにも近すぎてその魅力を忘れてしまいがちかもしれません。いつも一緒にいる大切な友達が、ふっと当たり前のようになってしまう時のような、そんな関係が日本人とおにぎりにはあるように思います。
『万次郎さんとおにぎり』は、そんな人間とおにぎりの関係性をよくあらわしています。万次郎さんはおにぎりを食べるためにせっせと握る。しかし、おにぎりはただ握られているのがシャクなのでしょう。海苔という衣服をまとったところで一目散におてんと様の元に向かいます。そして実りの報告をしっかりと終えたところで満足し、万次郎さんの手(口?)に再び戻るのです。
僕は中学生のころにいじめにあってしまい、拒食症になりました。このままではいけないと思っていても、食べ物が口に入りません。そんなとき、心配してくれた母が握ってくれたおにぎり(梅干しおにぎりで海苔はしっとりです)を食べることができて、そこから拒食症が徐々に治っていった思い出があります。
おにぎりは、本来誰かのために握るものです。貴族が宴会で誰かに食べてもらうため、武士や忍者が長い戦に耐え忍び、勝ち抜くため、旅する人を満足させるため、電車で楽しく食べるため、学校で子ども達が美味しく食べるため……誰かがその人たちのことを思い、その思いをこめてぎゅっと握る。それがおにぎりです。そして、それを感謝しながら食べる。おにぎりは一種のコミュニケーションツールといえるかもしれません。

※写真は全て中村祐介さんからご提供いただきました。
〈一枚目〉藤枝市の「千貫堤・瀬戸染飯伝承館」に展示されている江戸当時の染飯を再現した模型。
〈二枚目〉藤枝駅近くの喜久屋が現在も販売する染飯おにぎり。
〈三枚目〉東海道五十三次の関宿にある「道の駅 関宿」で名物となっているたぬき俵おにぎり。地域によっておにぎりの形、調理方法も様々。



中村祐介(なかむら・ゆうすけ)
一般社団法人おにぎり協会代表理事。おにぎりを通じて日本の和食文化を国内外にひろめる活動をしている。2015年ミラノ国際博覧会日本館サポーターとして日本館でおにぎりをプレゼンテーション。2017年「最高金賞ゆめぴりかコンテスト」審査員。フランスなどの大使館や大学など各所でトークショーなども行う。2018年4月「マツコの知らない世界」(TBS)にも出演、他、テレビ、雑誌、ラジオなど多数出演。食生活ジャーナリストの会所属。一般社団法人日本編集部の代表理事でもある。

※一般社団法人おにぎり協会および一般社団法人日本編集部の活動については、こちらからご覧ください。
一般社団法人おにぎり協会:www.onigiri.or.jp
一般社団法人日本編集部:https://nippon-editorial.org/

2018.11.14

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

記事の中で紹介した本

関連記事