あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|麻生知子さん『りょこう』

5月の新刊『りょこう』は、絵本『こたつ』『なつやすみ』に続く、麻生知子さんの新作です。たちのぼる温泉の湯けむり、ずらりと並ぶ夕食のお膳、布団の敷かれた畳の部屋、夜の静寂……。おじいちゃんと過ごす楽しい時間、泊まりがけ旅行の高揚を臨場感たっぷりに描きます。麻生さんに作品に込める思いを綴っていただきました。

朝焼けと夕焼けのような二人の旅

麻生知子

この絵本を作っている途中、前作の私の絵本『こたつ』『なつやすみ』に登場する「おばあちゃん」のモデルにもなった同居の姑(99歳)を家で看取りました。

人が人生の最後に向けて変化していく様子は、赤ん坊が成長していく過程を逆戻しに辿っていくようでした。

よく「お年寄りは赤ん坊に返っていく」というような話を聞いたことはありましたが、それは精神的なものだと思っていました。なにしろ、お年寄りと赤ん坊はまったく違う存在に見えますから。けれど、世話をしている時に実際に目の前で展開されていく日々の変化は、その言葉通りのものでした。

赤ん坊の、首が座る・寝返り・お座り・ハイハイ・つかまり立ち・歩行という成長の変化は、そのまま逆さまにすると姑の辿った変化でした。食事が、普通食から離乳食のような介護食になり、高栄養の缶ミルクになっていく変化。パンツタイプのおむつから、テープタイプのおむつになっていく変化。あまりに赤ん坊と同じ変化を逆方向にしていくので、息子の母子手帳を読み返してみると、一日に摂取した水分量を記録していくことも、赤ん坊の世話にそっくりでした。

赤ん坊は誕生の瞬間に初めて肺に空気が入り産声を上げるそうですが、姑は最期の瞬間に大きく息を吐き出して呼吸が止まりました。

こうして姑の長い人生の最後を一緒に過ごした日々は「お年寄りは赤ん坊に返っていく」という話がとても具体的なものだったと実感させられるものでした。人生の最初と最後は、あまりによく似ていました。


そんな経験をしてみると、今回の『りょこう』に登場する「こうたくん」と「おじいちゃん」は、うんと歳が離れているけれど案外と近い存在なのではないかと思うようになりました。

人生を一日の時間に置き換えてみるとしたら、今、こうたくんは朝、おじいちゃんは夕方のあたりにいます。朝焼けと夕焼けがよく似ているように、今の二人は似た位置に立っているように思います。二人の体力も今は同じくらいかもしれません。


こうたくんとおじいちゃんの関係は、こうたくんの誕生から始まり今後もずっと続いていきますが、その関係は時期によってどんどん変化していきます。もし、こうたくんがこの絵本の年頃よりもっと幼ければ父母から離れた泊まりがけの旅はまだ無理かもしれないし、もっと大きければ休日の予定は友達や部活を優先させてしまうかもしれません。おじいちゃんもまた数年前だったら仕事が忙しくて旅行の時間がなかなか作れなかったし、数年後は体力が落ちて孫との二人旅はくたびれ過ぎてしまいそうです。


ずっとありそうで、実は今しかないタイミングで二人はこの旅行に出かけました。お互いが近い存在である今、お互いが最高の旅の相棒です。二人はこの旅行を心からたのしみます。

私は作者として陰からこの旅行にずっと同行してきましたが、朝焼けと夕焼けのように似た輝きを持っている二人が、この絵本の旅行を特別なものにしてくれていると感じています。


あそうともこ●1982年、埼玉県生まれ。画家、絵本作家。2008年より、友人の画家・武内明子とともに、日本全国を旅して作品の題材と展示場所を探し、制作し、その土地で発表する≪ワタリドリ計画≫の活動をおこなっている。また、神奈川県藤沢市で、山内龍雄芸術館を運営している。絵本作品に、『うえからみたり よこからみたり』『うえからみたり よこからみたり たべものいっぱい』(こどものとも年少版)、『こたつ』『なつやすみ』(産経児童出版文化賞美術賞受賞、すべて福音館書店)、『レストランふろ』(小学館)がある。好きなものは、温泉と食べること。愛猫の名前はクロ。

2025.05.07

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