あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|あべけんじさん『さんびきのおさる』

今回ご紹介するのは、5月の新刊『さんびきのおさる』。フランス在住の絵本作家・あべけんじさんによって描かれ、フランスで人気を博している赤ちゃん絵本です。このたび日本では、あべさんご本人による邦訳版が刊行されることになりました! エッセイでは、あべさんが、海外でよく知られているたとえ話をもちいて、絵本作りにかける思いを語ってくださっています。

さんびきのおさるたち

あべ けんじ


もともとは英語圏でよく知られた「マヨネーズの瓶と2杯のコーヒー」というたとえ話は、伝わるうちにいくつもの異文にわかれ、そのうちのひとつを目にした私の記憶の中でそれはさらに変形し、ようするに私は少々の勘違いをまじえて、そのたとえ話をこんなふうにおぼえていました。
教師が大きな広口瓶をとりだします。それからごつごつした大きな石を、その瓶の中に、ごろんごろんと投げこんでゆきます。石がいっぱいに詰まったところで、教師は学生にこうたずねます。
「この瓶はいっぱいになったでしょうか?」
問われた学生は「はい」と答えます。
すると、教師は小石の入った袋をとりだし、その小石を、瓶の中の大きな石のすきまにがらがらと流し込みます。
「瓶はいっぱいになりましたか?」「はい」。
すると、教師はこんどは砂の入った袋をとりだし、その砂を、瓶の縁すれすれまで、石のすきまにさらさらと流し込みます。
「瓶はいっぱいになりましたか?」「はい」。
すると教師は水差しから、砂が吸いこめるだけの水を注ぎ込んで、こんどこそ、瓶をいっぱいに満たします。そして、こう言います。
「さあ、このことをたとえにして、私たちはどんなことが言えるでしょうか?」
学生は答えます。「なにかがいっぱいに思えるときでも、詰め込める余地はまだあるものだ、ということでしょうか?」
教師は言います。「それは重要なことではありません。このたとえで重要なのは、瓶に大きな石を入れられるのは初めだけだし、初めに入れてしまった大きな石はとりかえしがつかない、ということです。」
この話は、これからものごとを学び始める若い学生たちに、初めに学ぶものが後々まで持つ大きな影響力について、注意を促す警告と受け取れます。
目にしたままをおぼえたつもりが、いくぶん自分で創作を加えてしまっていたこの話を心に留めているうちに、私は、このたとえは、そのままちいさな子どもにも、むしろさらに大きな意味をもってあてはまるだろうと思うようになりました。子どもにとって「大きな石」にあたるのは、躾や教訓といったようなうわっつらなことではなく、もっとおそろしく根底から人を規定づけてしまうような何かです。自分の生まれたこの世界はどうやらこういう場所らしい、という理解の地盤、そしてこの中で生きていくということはこういう感じのことらしい、という見当の枠組みが、いちどできあがってしまったらとりかえしのつかない「大きな石」です。人の心は瓶に詰めた石よりは柔軟でしょうが、それでも、この「大きな石」のようなものが、透明に、ほとんど意識できない力で、人を縛りつけたり、あるいは支えになったりするものとして、人の中にあるだろうことは、きっと皆さんも納得されることと思います。
子どもにとってこの「大きな石」の石組みのもとになるのは、まずは周囲の大人、たいていは親という人間たちのありようそのものでしょう。そしてつぎに生活空間。複合的な環境の一隅にあるにすぎない絵本がこの石組み作りのなかで果たせる役割は、きっと限られたものでしょう。それでも、この世界に新しく加わるちいさな人たちが、よりよい初めの「大きな石」を組み上げるための、力添えになれる絵本を私は作りたいと願っています。
この絵本を手にする今日の子どもたちが大人になる、21世紀の中ごろ、世界はどんなふうになっているでしょうか。そのとき、このさんびきのおさるたちが、彼らの足元をぴょんぴょんと元気にはねまわる、楽天的で、善意を励ます、透明な友達になっていてほしいと思います。



あべ けんじ(安部賢司)
福音館書店の月刊誌「母の友」掲載作に『へそのあなそこ』『いっしょうかけてもたどりつけない』『ねずみとへび』。同じく「こどものとも0.1.2.」180号に『むすんだそのてをひらいてみせて』。2010年よりフランス在住。éditions MeMo社より『Les Trois Gibbons』『Les Trois Gibbons et le petit crocodile』『Les Trois Gibbons et la chanson du colibri』を発表。パリ市図書館ネットワークと協働して3歳未満の子どもへ向けた選書カタログ「Des bébés des livres」(2017年)を制作。オリジナル原画はフランス最古の児童書コレクション Heure Joyeuseに収蔵される。ほかにもパリ市やパリ市近郊の図書館との共同制作を手掛けている。

2019.05.08

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