あのねエッセイ

特別エッセイ|石原剛さん「いまを生きるマーク・トウェイン」〜『さらわれたオレオマーガリン王子』刊行によせて

マーク・トウェインの未発表原稿を元にした物語『さらわれたオレオマーガリン王子』の刊行に先立って、早稲田大学教授の石原剛さんがエッセイをよせてくださいました。『マーク・トウェインと日本』(彩流社)を出版するなど、トウェインを中心としたアメリカ文学を研究している石原さんによる、トウェイン作品の魅力が伝わるエッセイをお楽しみください。

いまを生きるマーク・トウェイン

石原 剛


みなさんは「マーク・トウェイン」という名前を聞いたことがありますか? 『トム・ソーヤーの冒険』や『ハックルベリー・フィンの冒険』を書いた人、といえばいかがでしょう? トウェインといえば、いまから100年以上前に大活躍したアメリカを代表する作家。大変な人気者でした。いや、「でした」というのは間違いかもしれません。なぜなら、長い時を超えて、いまでもアメリカでは、子どもからおとなまで分けへだて無く愛されている作家、それがマーク・トウェインなのですから。
彼は、生きていたころ、自分の書く本についてこんなことをいっています。

「私の本は水である。偉大な天才の本はワインのようなもの。でも、水は誰でも飲む」。

トウェインは間違いなく「偉大な天才」でしたが、それでもなお、自分の物語をワインのようにはみていませんでした。ワインはお酒ですから子どもはそもそも楽しめません。しかも、ご存じの通り、目の飛び出るようなお金を出さないと飲めないワインも世の中にはたくさんあります。でも水はどうでしょう。おとなでも子どもでも水はみな飲みますし、日本でなら蛇口さえひねれば、水がほとばしり出てきます。そして、ワインを飲まなくても人は死ぬことはありませんが、水がなければ人は死んでしまいます。年齢や貧富の差にかかわらず、誰もが気軽に楽しめて、それでいて本当に人が必要とするもの、そんな物語をマーク・トウェインは作りたかったのだと思います。

でも、それはそんなに簡単なことではありません。あまりに話が難しすぎれば読者は離れてしまいますし、かといって分かりやすくても、人にものを考えさせるような深みがなければ、すぐに飽きられてしまうでしょう。彼はユーモリストという「笑い」を得意にした作家ですから、とにかく読んで面白い。でも、たいていの人が、ただ笑って済ますことの出来ない真剣な「なにか」を彼の物語から感じとることになります。なにを感じるかは、その人次第。まずは 『トム・ソーヤー』でも『ハックルベリー・フィン』でも良いですから、彼の本を手に取ってみてください。私のいっている意味が分かるはずです。

本棚にあるマーク・トウェインの伝記を開いてみると、彼は100年以上前の1910年に亡くなったと書かれています。中には、ハレー彗星の到来とともに生まれ、ハレー彗星の到来とともにこの世を去った、なんて書いてある伝記もあります。でも、だまされないでください。彼はいまもピンピンしています。作家の本当の死は、書き残した物語が誰にも読まれなくなったとき。ですがトウェインの場合、いまだ本になっていない原稿が次から次へと出版されて、世間をあっと驚かせ続けています。こんど本になった『さらわれたオレオマーガリン王子』もそんなお話しの一つ。最近見つかったトウェインのメモ書きをもとに、アメリカで最高の絵本作家のステッド夫妻が、みなさんのために見事に物語をよみがえらせました。このお話しを読めば、マーク・トウェインという人がいまを生きる現役バリバリの作家であることが分かるでしょう。ぜひ、物語のとびらを開けて、そのことを実感してみてください。


石原剛(いしはら・つよし)
1971年東京生まれ。テキサス大学オースティン校アメリカ研究科博士課程修了。Ph.D.
アメリカ文学・アメリカ文化専攻。現在、早稲田大学教育学部英語英文科教授。日本アメリカ文学会編集委員、日本マークトウェイン協会事務局長、アメリカ学会清水博賞選考委員などを歴任。著書に『Mark Twain in Japan』でアメリカ学会清水博賞、『マーク・トウェインと日本』で東北英文学会賞および日本児童文学学会奨励賞を受賞。共編著に『マーク・トウェイン文学/文化事典』がある。

2018.12.27

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