あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|新谷祥子さん『こわす』『たてる』

今回ご紹介するのは、3月の新刊『こわす』と『たてる』。建物の取り壊し工事や建設工事の様子を、臨場感溢れる絵と音で表現した、ニュージーランド発の科学絵本です。翻訳を手がけたのは、マリンバ・パーカッション奏者の新谷祥子さん。エッセイでは新谷さんが、翻訳作業の舞台裏を、自身の音楽活動と重ね合わせて語ってくださいました。

ロックで牧歌な音風景

新谷祥子

立ち入り禁止のテープや三角コーンの下に「解体」「建設」と大きな英字タイトルが付いた、ちょっとロックな匂いもする洋書が届きました。初めて絵本翻訳の依頼を受け、それからは工事現場の観察が増え始めたことは言うまでもありません。
ある日、解体で取り分けられた金属が全て再利用されると知った時、ふと、耳に蘇る音たちがありました。その音についてお伝えするために、私の日常である打楽器を用いた音楽活動、その視点から少し触れることにします。
人類誕生の太古から祈りや儀式、意思伝達の道具でもあったという打楽器は、20世紀になり現代音楽の分野で著しく活躍します。現代音楽と聞くと難しいイメージがありますが、楽譜は図形や文字の時もあったり、決まった奏法にこだわることもなく、楽器も限定せず、つまり楽音も噪音も同等に扱う、このような作品が数多く誕生しました。
例えば私がこれまで打ったものには鉄、金属、廃材、石、ダンボール、缶、植木鉢などがあります。でも音ならなんでも良いということではなく、納得する音に出会うまで探し続けます。
人は太古より自然物から道具を作り、音を発見し、やがて声の発見に至ったであろう、そんな人類原始に倣うべく、現在の私は木片並ぶマリンバや打楽器を奏でながら歌う活動もしています。現場見学で蘇った音、それは集めた破片、ガラクタ、ヘヴィメタロック、なのでありました。
さて絵本を開きますと、そこには作者サリー・サットンの柔らかな語りかけのリズムと、躍動の打音爛漫。自分にこの絵本がやってきた理由も少しわかったような気がしました。しかし、演奏会なら音はその場で消えゆくものですが、絵本では開くたびに文字がずっと踊り続けます。こうしてまた音探りのうずうず感が沸き起こり、向かった場所は重機ショーの観覧席、編集者と共にコンクリート研究の土木科教授室、ヘルメット装備で建築中の巨大な図書館見学の足場にも立っていました。
原書が刊行されたニュージーランドの工事言語から日本の現場音を練りだすと、カタカナの濁音で賑わい、「ズ」と「ヅ」の選択で悩むこともありました。そんなときは、楽器での音色作りをヒントに、より皮膚の震えがある方を選んでみました。ナマの声、音は直接的な振動を体に伝えます。親子向けのコンサート中、客席でリズムに反応し体を揺さぶる子、大音量なのに最前列でスヤスヤと眠ってしまう子など、音の波が覚醒や沈静を誘います。幼児期だった息子へ車の音や動物の鳴き声が入る即興のオノマトペを続けると、すんなり眠ったこともたびたびでした。
原書には「Wizz! Zizz! Roar!」といったいたずらっ子的なくすぐり感のある音も登場します。和訳の難しさはあったものの、日本語の持つ可能性、魅力も再発見しました。
工事が終わって誕生した新しい場所には、やがて子どもたちが登場し元気に駆け出します。ブライアン・ラブロックの絵は工事の先にある希望や喜びの声を描き出し、ロックなタイトルはいつしか牧歌的な風景を見せてくれます。
読んでくださる皆さまに唇、頰、顎、こめかみ、鼻腔など、口周辺を思いっきり動かす楽しさが満ちればいいなと思います。自由に音を繰り返したり、間や強弱など音声の遊びで、あちこち笑い声も聞こえてくる、そんなひと時があればと願っています。
さあ、現場へ!そこは立ち入り禁止でもなく、特別な工具もいりません。



新谷祥子(あらや・しょうこ)
音楽家。国立音楽大学卒業後、米国のミシガン大学で打楽器修士課程修了。マリンバで弾き歌うシンガーソングライターとして演奏活動を行うとともに、朗読劇音楽、ボディ・パーカッション曲などを発表。子どもたちとリズムワークショップも行っている。国立音楽大学、東京家政大学にて、音楽教育と打楽器に関する講義を受け持つ。青森県文化賞受賞。

2019.03.06

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