あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|阿部結さん『おじいちゃんのくしゃみ』

みなさんにとって、おじいちゃんってどんな存在ですか? ご健在か、故人となられているか、また仲がよかった方、どちらかというと縁遠かったという方、さまざまではないかと思います。いずれにしても、家族に、父母とは違う距離の存在がいるということは、どこか不思議なものですよね。今月の新刊『おじいちゃんのくしゃみ』は、作者の阿部結さんが、祖父との思い出をきっかけに描いた絵本です。孫娘と祖父の微笑ましい関係が、ユーモアたっぷりに描かれますが、その根底にある思いについて、阿部さんがエッセイにして寄せてくれました。

じいちゃんの思い出

阿部 結

わたしが通っていた保育所は、家から山をひとつ下り歩いて四十分くらいの場所にあった。当時は両親が共働きで保育所のお迎えの時間に迎えに来ることができず、その時同居していた父方の祖父が毎日のわたしのお迎えを担ってくれていた。祖父は車の免許を持っていなかったので保育所までの道のりを歩いて迎えに来てくれていて、帰り道は二人ならんで山道を登り、歩いて家に帰っていた。
祖父は、背が高く端正な顔立ちで透んだ灰色の瞳を持ち、太平洋戦争で砲弾を撃っていた経験から耳が遠くなってしまった元軍人だった。怒ると「モウ カンベン アイナラン!」と呪文のような言葉を言い、怒りっぽくて頑固でとても気難しい一面を持った人だったが、孫のわたしたち三姉妹に対してはお調子者でひょうきんなじいさんだった。こどもたちの近くに来てわざと必要以上に大げさなくしゃみをしてみたり、顔の前に尻を突き出しておならをしてみたり、伸びかけの髭をこどもたちの顔や手にこすりつけてじょりじょりしてみたり、しょうもない嘘をついてからかってみたりして、こどもたちがそれを嫌がるようすを見て祖父はうれしそうにあひゃひゃと舌を出し笑っていた。
その祖父が死んだ時、祖父の遺体を前に父が話をしてくれた。
「じいちゃんは戦争を経験した帰還兵だったこともあって、ばあちゃんに対してもお父さんに対してもすごく厳しくて冗談なんか言わない人だった。それに、お父さんはじいちゃんが笑ったところなんてずっと見たことがなかったから、じいちゃんは笑わない人なんだと思っていた。でも、あんたたちが生まれてからじいちゃんの笑顔を見ることができた。あんたたちに出会えてから、じいちゃんは人間らしくなった。孫と一緒に過ごせた時間は、じいちゃんにとって幸せな時間だったと思うよ」
戦争は祖父の笑顔を奪った。だけどもし、わたしたちの存在が祖父に笑顔を取り戻すことができる存在だったのならば、わたしもうれしく思う。
この絵本は、そんな祖父のしょうもない嘘と大げさなくしゃみの思い出がきっかけで出来た絵本だ。記録を遡ってみると、この絵本を作り始めたのは2018年。「おじいちゃんのくしゃみ」という軸こそ最初から決まってはいたものの、最後の展開をどう持っていくかについてずっと模索し続けていた。振り返ったらもう5年、ダミー本の数知れず。ああだこうだ色んな展開を考え試行錯誤し、たくさんの方々にアイディアをもらいながら改稿を続けた。そんな紆余曲折があったからこそ、ゆかいでくだらなくって、登場人物の二人にピッタリな終わり方で締めくくることができたなあと、この絵本を開くたびにニンマリほくそ笑んでいる。



阿部結(あべゆい)
1986年、宮城県気仙沼市生まれ。画家で美術教員を務めていた父の影響を受け、幼少のころから絵に親しんで育つ。パレットクラブスクール、あとさき塾にてイラストレーションと絵本制作を学び、書籍装画や演劇の宣伝美術などを数多く手掛ける。2020年、『あいたいな』(ひだまり舎)で絵本作家デビュー。絵本の作品に、『ねたふりゆうちゃん』(白泉社)『おおきなかぜのよる』(ポプラ社)『おやつどろぼう』(福音館書店)『なみのいちにち』(ほるぷ出版)『ねむらせやの ネミイ』(WAVE出版)。イラストレーションの仕事に、『世界不思議地図』(朝日新聞出版)他多数。

2023.04.28

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