あのねエッセイ

「ぐりとぐら」60周年記念エッセイ|有賀薫さん「かすてらのかくし味」

お料理することと食べることが大好きで、青と赤のつなぎと帽子がトレードマークの、ふたごの野ねずみ「ぐりとぐら」は、おかげさまで今年、60周年を迎えました。そこで今月の「あのね」では、60周年を記念して「ぐりとぐら」の大ファンという、スープ作家の有賀薫さんにエッセイを寄せていただきました。

かすてらのかくし味

有賀薫

散歩中にみつけたたまごを使って作る、巨大なかすてら。絵本の中で出会った食べ物で、『ぐりとぐら』のかすてらほど味わってみたいと思ったものはありません。
大きなたまごと、こむぎこ、ばたー、ぎゅうにゅう、おさとうで作る、あのシンプルなかすてらには、中川李枝子さん・山脇百合子さんの仕掛けたさまざまな「かくし味」があることにお気づきでしょうか。
最初のかくし味は、安心感です。見慣れないたまごを発見する童話はたくさんあります。たまごは殻の中が見えません。恐ろしい生き物が出てくる可能性だってあります。それを「食べちゃおう!」という発想につなげる技は、ウルトラCです。食べられるとなれば、それは敵ではなくなり、逆に大きな安心に変わるのです。
二番目のかくし味は、五感への刺激。料理屋のカウンターでシェフの動きを見ていると、音や匂いがより感じられますよね。同じように、たまごを泡立てたり、フライパンで焼いたりする作業を追っていくうちに、私たちの五感が知らず知らずに研ぎ澄まされていきます。
最後のかくし味は、分かち合いです。集まってきた森の動物たちとの分け合い方に注目です。普通はナイフで切り分けるかすてらを、『ぐりとぐら』では手でちぎっています。大きな動物は大きく、小さな動物は小さく。均等じゃないけれど平等なのです。友達と仲良く分け合うかすてらが、おいしくないわけはありません。
安心感、開かれた五感、分かち合い。かくし味とは言いつつも、これらは私たちのおいしさの根源にあるものだと思います。こんな幸せな食の場が絵本の中に作られていることに感動し、同じような食卓を目指したいのに簡単には到達できなくて、私は『ぐりとぐら』を読むたびにいつも軽く嫉妬してしまうのです。



有賀薫 (ありがかおる)
スープ作家。10年間作り続けたスープを通して、暮らしに添った家庭料理やキッチンの考え方を、各種メディアで発信。著書に『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『有賀薫の豚汁レボリューション』(家の光協会)など多数。

2023.08.02

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