あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|林明子さん『しゃぼんだま』

『はじめてのおつかい』『こんとあき』をはじめ、たくさんの絵本を手がけてきた林明子さんが今年、絵本作家デビュー50周年を迎えられました。これを記念して、幻の初期作品『しゃぼんだま』を限定復刊いたします。林明子さんの絵の魅力は、何気ないしぐさや表情など、子どもたちの生き生きとした姿。どの作品でも、主人公たちがまるでほんとうに物語の世界で生きているかのように描かれます。これまでの作品にまつわるエピソードや思い出を綴っていただきました。

絵本作りの思い出

林明子


絵本を描き始めて50年。振り返ると、一冊毎に懐かしい記憶が溢れて来ます。どの絵本も、姪や甥たちのサポートがなくては出来ませんでした。かわいい子どもたちと一緒に絵本を作り始める準備をするのが一番楽しい時間だったと思い返しています。小さいとこちゃんとゆうちゃんが、粉を練ってパンを焼いてくれた日が、子どもたちに協力してもらう始まりでした。『あさえとちいさいいもうと』を描き始める時は、なほちゃんがあさえの役、かすみちゃんがちいさいいもうとになって、幼い姉妹のドラマチックな世界を作ってくれました。『はっぱのおうち』の絵と同じエプロンをしたあきちゃんは、たまらなくかわいい姿で、立ったり、しゃがんだりしてくれました。ちょうどいい時に、ちょうどいいモデルに恵まれた私は、とても幸運なおばさんだったのだと驚いています。

『おふろだいすき』を描いた時には、ちっちゃいもっくんが天使のようなはだかんぼになってくれたので、奇跡が訪れたような気持になりました。『おててがでたよ』で、大きなTシャツをかぶった赤ちゃんは、もっくんの妹のれいちゃんです。れいちゃんは、サンタクロースの袋の中でひっくり返る役もしてくれました。私のふとんの中に3人の子どもたちが入って来て、即興のお話をせがまれた日々を思い出すと、胸がいっぱいになります。窮屈にくっつき合っていた感触がまだ温かく残っています。

ぬいぐるみの「こん」を作ったあとに、のりちゃんが生まれて、『こんとあき』の赤ちゃん役になってくれました。のりちゃんは少し大きくなると、絵を描く女の子になって絵本に登場しました。妹のゆうこちゃんと、弟のかずくんも、ふくろうにつかまれて空を飛んだり、帽子をかぶって なつはぜぼうや になったり、それぞれの物語の中でチャーミングな主役になっています。

子どもたちと過ごす楽しい準備時間が終わると、毎回地獄のような下描きが始まります。果てしなく描いては消す苦しみの中で、力強く私を支えてくれたのは、子どもたちの写真でした。溜め息まじりに「ありがとう」と呟きながら、徹夜をして疲れ果てた時間も、今では大切な人生の一部です。やっと下描きが終って色を塗る時は、再び子どもたちと一緒に仕事をしているような楽しい時間がやって来ます。やわらかい髪や、ふっくらした頬に色を付けると、楽しかった時間が蘇って来ます。優しい大人たちの協力もありました。『ズボンのクリスマス』で、びっくりしているおじさんを演じているのは父です。その時、姪のあきちゃんが父の足の間から顔を出した瞬間は大笑いでしたが、今では記憶の宝物です。『こんとあき』の中に、祖母の姿を留めたくて、なるべくそっくりに描きました。絵本を開けばそこに、父も母も、鳥取のおばあちゃんもいて、私に笑いかけてくれます。

『しゃぼんだま』復刊に寄せて


『しゃぼんだま』の絵本を開くと、作者の小林実先生が懐かしくてたまらなくなります。科学の知識で、子どもの遊びを、何倍も面白くしてくださる天才でした。ラップの芯を使って、大きなしゃぼんだまを作れるなんて、初めて知りました。先生のお陰で、しゃぼんだまの表面の美しさに出会うことができました。しゃぼんだまをゆっくり膨らませながら目を凝らすと、たくさんの美しい色が、絶えず動いているのが見えます。色の渦の中に漂っているような幸せを、独り占めした体験でした。子どもたちにも、この感覚を味わってもらえたらいいな!と思っています。


林明子(はやしあきこ)
1945年、東京に生まれる。横浜国立大学教育学部美術科卒業。1973年、「かがくのとも」の『かみひこうき』で絵本作家デビュー。その後、絵本に『こんとあき』『はじめてのおつかい』『おでかけのまえに』『でてこい でてこい』『きょうはなんのひ?』『おふろだいすき』『はっぱのおうち』『ぼくのぱん わたしのぱん』「くつくつあるけのほん」全4冊(以上、福音館書店)などがある。長野県在住。

2023.12.06

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