あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|前沢明枝さん『帰れ 野生のロボット』

5月に刊行された新刊『帰れ 野生のロボット』は、無人島に漂着し、野生の中で生き抜こうとするロボットの運命を描いたアメリカの児童文学『野生のロボット』待望の続編。前作で大けがを負い、修理のため無人島を離れる決意をしたロボット=ロズの、その後を描いた一冊です。第一巻の原書を読んだとき、「小学生の私に読ませてあげたい」と思ったという、訳者の前沢明枝さんが、物語の魅力を熱く語ってくださいました。

野生ロボットが人間社会で生きるとき

前沢明枝

 
「なんだろう、この絵?」

その本の表紙には、鬱蒼とした森を背に、レトロな感じのロボットが立っている。表紙に惹かれて読み始めると、冒頭から心を奪われた。読み終えた時、「ああ、小学生の私に読ませてあげたい」と思った。これが前作『野生のロボット』との出会いだった。無人島の大自然のなかで、動物たちに恐れられていたロボット、ロズが、少しずつ存在を認めてもらい、やがておたがいを命がけで守りあうほどのきずなで結ばれていくのだが、アウトドア用ではないロズが生きる術を学んでいくようすや、その後に起きるいくつもの事件、そして作者自身によるイラストは、私の心を最後までとらえて離さなかった。

物語の最後、生存のために修理が必要になったロズは、必ず帰るという強い決意で故郷の無人島を離れ、人間社会で修理されて再び目覚める。そこから『帰れ野生のロボット』が始まる。人間社会では島暮らしのときのような苦労はない。初めて見るパソコンも問題なく使いこなせるし、指示されれば、その通りに自然に体が動く。人間が使いやすいように設計されているのだ。

ロズはロボットだから、睡眠をとらなくても働き続けることができるし、感情に支配されずに論理的に判断することもできる。でも、それだけではない。学習を続け、状況や条件から相手の気持ちを推論することもできるようになっている。あげくにロズ自身、心の葛藤を見せたりする。勤勉でブレないのは前作のままだが、本作のロズは、最初から人間に隠し事をしている。いつかここから逃げて島に帰る、という決意が知れてはまずいのだ。帰ると決めたからには、ロズも、ロズが息子として育ててきた野生のガンのキラリも、あきらめない。おたがいを信じ、気遣いながら、はるかかなたの島を目指す姿が愛おしい。

前作に登場するのはロボットと野生動物だけだったが、家族や愛情、存在意義といった、人間にとって大切なことを考えさせられた。この続編では、ロズの純粋な目、素朴な疑問を通して人間社会が描き出される。ここで生きるためにロズは個性を隠し、人間にとって都合のよいロボットであろうとする。美しいものを愛でることも、好奇心を抱くことも許されず、ほかとようすが違えば危険と見なされ、排除されてしまう社会―。それでもロズは、そこで最初に出会った人間とも、最後に出会った人間とも、信頼関係を結ぶことができた。それはロズが身につけた、相手を思いやり尊重して対話する能力のお陰だったかと思う。

暴力をふるわないようにプログラミングされたロズは、この、命あるものを傷つけないという原理に支配されたまま、必死に自分の役割を果たそうとする。ロボットだから私利私欲なく、与えられた課題を確実にやり遂げていく。そのようすが、私には、一途で、健気で、誠実に見えて心をつかまれる。一方で、私のなかにいまだ存在する「小学生の私」は、大人の私の複雑な思いなどつゆとも知らず、ロズとキラリの世界にどっぷり浸って、心からその世界を楽しみ、登場人物たちといっしょに喜んだり涙を浮かべたりしている。ロズの物語がたくさんの人に届きますように。



前沢明枝(まえざわ・あきえ)
翻訳家。ウェスタンミシガン大学で英米児童文学、ミシガン大学大学院で言語学を学ぶ。訳書に『家出の日』(徳間書店、産経児童出版文化賞推薦)、『アメリカ児童文学の歴史ー300年の出版文化史』(監訳、原書房)、『野生のロボット』(福音館書店)など。著書に『「エルマーのぼうけん」をかいた女性 ルース・S・ガネット』(福音館書店)がある。

2021.07.01

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