あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|山田真奈未さん『ふつうやない! はなげばあちゃん』

今月、新刊エッセイを寄せてくださったのは、5月に刊行された童話『ふつうやない! はなげばあちゃん』の作者である山田真奈未さん。『ふつうやない! はなげばあちゃん』は、もっさりと茂った鼻毛を駆使して、どこまでも自由に生きるおばあちゃんを描いた奇想天外な作品です。今回のエッセイでは、普段あまり話題にすることのない「鼻毛」を主題にするに至った経緯、そのテーマに込めた想いについて語っていただきました。

鼻毛三昧

山田真奈未


小さい頃、じいちゃんに抱っこされた時、見上げた鼻の穴がとてつもなくでかかったことを覚えています。吸い込まれそうなくらい、でかかった。以来、顔の真ん中にぽかっと空いている鼻の穴に興味津々だったように思います。鼻の穴は前から見ると、人によって形が違います。満月のような形、半月のような形。平べったい石のような形。私のお気に入りの鼻の穴は、鼻の横側にまでクイッと切り込んだUFO型の鼻の穴。にかっと笑うと、にゅうっと顔を出す鼻毛を見た時は、目が釘付けになったものです。つけまつ毛が流行して、女性がみんなキリンに見えた時、なんでつけ鼻毛がないのかと、不思議でした。カラフル鼻毛エクステなんて素敵なのに。
 2008年ボローニャ国際絵本原画展で、はなげばあちゃんの絵が入選後、10年経ってようやくこのたびの刊行となりました。今回の話では、人々とはなげばあちゃんの関わりを描こうと思っていました。ネットで繋がる社会ではなく、鼻毛で繋がる社会です。そして登場人物はみんな建前ではなく、本音で話をするようにしました。腹を割って話します。大人なのに、自分の言いたいことを言う。風変わりにみえるのかもしれません。勿論喧嘩もします。でも、悪いと思ったらお互いにきちんと心から謝る。許す。そうすればもっと仲良くなれるはず。もっと話したくなる。知りたくなる。子どもの世界では当たり前のこと。こんなシンプルな人間関係が大人にできたら、世界は平和になれるのに。


 はなげばあちゃんは、こびない。そして、ぶれない人でもあります。自分の個性=嫌われている鼻毛が、人々に好かれる鼻毛になった時、どうにも居心地が悪くて、悩みながらも鼻毛を断ち切ります。それはもはや、自分の鼻毛ではないから。鼻毛にこだわっているのではなく、自分の考えにこだわりをもつ。『ふつうはこうあるべき』という規範にとらわれない人物として描いてみました。
 ばあちゃんの鼻毛からは、切っても引き抜いても薬をかけても、はなげグリーンが芽吹きます。パワフルな雑草というイメージでしょうか。雑草には、ちょっとした思い出があります。小さい頃の私は、いつもピャーピャー泣いてばかりいる子どもでした。母は心配していたんだと思います。帰り道、人の家の庭を見ながら、繰り返しあんたは雑草のように生きんとあかんと言っていました。なんでそんなことを言うのか、その時は理解できず、ちゃんとした花にもなれないといった意地悪を言われたようにも思いました。大人になってわかったつもりではいましたが、数年前、東京から埼玉に引っ越して、植木鉢の花しか知らなかった私はこれだったのかと驚きました。少しの土があったら、どこでも、名もない雑草がぐいぐいはえて綺麗な花を咲かせます。花が咲いたなと思ったら、あっという間に虫が食べ、丸坊主。それを狙ってとかげもたくさんやってきます。土の匂いも虫が草を食べる音もする生命力あふれる世界です。
 先日母に会った時、
「子どもに雑草の意味なんかわからんで」
と言ったら、
「そんなこと言ったっけ? どうでもええやろ」
と言われ、拍子抜けしてしまいました。母もばあちゃんになって、いいことを言う。そう、どうでもええ。なんでもええ。ありのままでええんです。
 描き上げた後、鼻毛は人間にしかないらしいと聞きました。鼻毛は人間である証なのに、どこまでも控えめな存在です。そんな奥ゆかしい鼻毛が、しゃしゃりでる場面がみどころです。



山田真奈未(やまだ・まなみ)
1965年、大阪生まれ。著書に、『テムテムとなまえのないウサギ』(作・坂本のこ、BL出版)、「あかめだまちゃん」『21caperucitas』(MEDIA VACA)、『How does sea water taste?』(RAMDOM  HOUSE  KOREA)、『カエルと王かん』(作・なかじまゆうき、BL出版)など。おもな受賞歴*1993年、第2回星の都絵本大賞奨励賞/1994年、第10回ニッサン童話と絵本のグランプリ絵本部門優秀賞/1996年、第2回日米絵本コンテスト大賞/2008年、ボローニャ国際絵本原画展入選/2009・2010年、CJ  PICTURE BOOK AWARD入選。

2018.08.01

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