日々の絵本と読みもの

刺繍絵本『サンタさん』刊行によせて | 長尾玲子さんインタビュー

刺繍との出会い

1995年に刊行された初めての絵本『クリスマスイブのおはなしセット』以来、長尾玲子さんの絵本は、すべての絵が刺繍で描かれています。そんな長尾さんと刺繍の出会いについてお聞きしました。

ーどのような子ども時代を過ごされてきたのでしょうか?

幼い頃は、着せ替え人形、紙人形、ぬいぐるみと遊ぶことが好きでした。お人形と一人遊びをしている子どもでした。

ー刺繍と出会われたきっかけがありましたら教えてください。

刺繍との出会いは、小学校の家庭科の時間のほかでは、18歳ころだと思います。デザインの専門学校にいたとき、できるだけたくさんの展覧会を見ようと、あちこちの絵画展に出かけていたのですが、その中で「デンマーク刺繍展」を見て、大変感動し、これだ!と思い、刺繍を始めました。

刺繍を一番最初に教えてくれたのは母でした。母は家で刺繍をしていたので、子どもの頃、ずっと見ていました。18歳ころに刺繍の基本の基本を教わりました。

初めて作った作品は専門学校の卒業制作です。こまごまとした部屋のシーンをクロスステッチで刺しました。

【画像:長尾さんの刺繍道具】左:メインで使っている箱根の寄せ木細工の針箱。/右上:予備の針を入れているハートの入れ物。/右下:旅行などに携帯する針箱(ハサミは機内に持ち込み可能)

日本でデザイン学校を卒業された後、デンマークのスカルス手工芸学校で刺繍を、オーストラリアNMIT(Northern Melbourne Institute of TAFE。オーストラリアの職業訓練校)でイラストレーションを学ばれたとお聞きしました。海外で学ぼうと思われたのはどうしてですか?

刺繍に興味を持ったのが、デンマーク刺繍の作品を見たことだったので、当時数少なかった東京のデンマーク刺繍教室を見学したのですが、カリキュラムがやりたい事と違い、費用も大変かかることが分かったので、「それなら、デンマークに行ってしまおう」と思いました。

オーストラリアは一度展覧会をするので訪れた際、人々の暮らしがとても快適そうに見え、暮らしたいと思ったので、3年間学生として過ごしました。

―海外での留学は、ご苦労もあったでしょうね。印象深いエピソードはありますか?

言葉の不自由さは生活の不自由さとなり大変でした。デンマークの学校では、どんな刺繍をしても、ほめてくださり(私にだけではなく、皆さんに対してそうでした)、のびのびやりたいことができました。オーストラリアの学校では、やりたくないことは何故やりたくないのか、何をするにしても「何となく」ではなく、その理由までしっかりと考えられるように、先生方がご指導してくださり、一生の財産となる経験でした。2年間描きまくりました。

刺繍での絵本作り

ー絵本を出版することになったきっかけは何でしょうか?

帰国してから、一年に一回、個展をしています。その個展を通して出会った方が、福音館書店の編集者の方を紹介してくださいました。

ー作品を創作される際の手順や、流れを教えていただけますか?

描きたいシーンをまず頭で考えて、「できそうだな」と思ったら、スケッチブックにスケッチします。どんどん整えてペンを入れて、色の薄い布を使うときはライトボックスを使い、色の濃い布を使うときはチャコペーパーで、布に下書きを写します。それからどうしても譲れない色を先に決め、刺繍を進めながら他の色を決めて刺してゆきます。

【画像:長尾さんの刺繍道具】左:糸は色々なメーカーのものを取り混ぜて、色ごとに整理している。右上:『サンタさん』ペン入れした下絵/右下:針一式。用途によっていくつか種類があるが、基本的には1本の針しか使わない。針は一年くらいもつので、これで一生分くらいあるかもしれない。

ー最近は『ざっそうの名前』などノンフィクションの絵本にもチャレンジなさっています。クリスマスのイメージが強かったので、意外でした。どのような経緯で取り組まれたのでしょう?

ノンフィクション編集部の編集者さんが個展にいらしてくださった際に、植物の作品をご覧くださり、「植物で何か作りませんか」とお声をかけてくださりました。とてもうれしく、わくわくしましたが、知識がなかったので、慌てて本を読み、植物を観察して勉強しました。

ーフィクションの絵本を作るときと、ノンフィクションでは、心構えや刺繍の刺し方に違いはあるのでしょうか?

刺繍したものが、その草に見えなくてはいけないので、刺し方や色に工夫が必要でした。赤い帽子、赤い上下の洋服,白いひげの男の人を描くとサンタクロースに見えるのとは少し違いました。

新刊絵本『サンタさん』について

2020年10月、新刊絵本『サンタさん』が刊行されました。クリスマス作品としては2001年に刊行した『サンタさんとこいぬ』以来19年ぶりとなります。一般的に、サンタクロースは、一人で世界中の子どもたちに贈り物を配ってまわるイメージがありますが、今作での「サンタさん」は、はなちゃん一人だけに手作りのプレゼントを届けてくれます。新作について色々お話を伺いました。

ーこのようなサンタ像をお作りになったのはどうしてでしょうか?

うまくお伝えできるかわからないのですが、たとえば2人3人のお子さんがいるお母さんの場合、お子さんが1人のお母さんに比べて、愛情が1/2とか1/3になってしまう、ということは絶対にないですよね。どちらのお子さんにも100%の愛情で向き合っていらっしゃると思います。お仕事をされているお母さんであれば、仕事のときは、仕事に対しても同じ100%を出されているはずです。

サンタさんは、世界中の子どもたちの一人ひとりに、それぞれ100%の気持ちをこめてプレゼントを配ることができます。とても大変なことだけれど、サンタさんはそれができるすごい人です。大人にとっては、「みんなのサンタさん」という暗黙の了解があるけれど、子どもにとっては「自分のところに来てくれるサンタさん」が全てで、他の子のことは関係ないのではないでしょうか。

このサンタさんの袋の中には、ほかのプレゼントも入っているかもしれないし、お隣のたろうくんの家にもプレゼントを届けるのかもしれません。でも、はなちゃんへのプレゼントを作る時や、届ける時は、サンタさんははなちゃんのことだけを考えているし、たろうくんのプレゼントを作る時も届けるときも、100%たろうくんのことだけを考えているんだろうな、と思って描きました。

ーなるほど、素敵なお話ですね。そういえば、この絵本にはサンタさんのそりを引くトナカイも登場しませんね。サンタさんは基本的には自分の足で歩いています。海を渡るときはクジラに乗ったりもしますが、それも意外な取り合わせでかわいいです。

今回は、サンタさんとはなちゃんの一対一のお話にしたかったので、サンタさんの相棒(トナカイ)は出しませんでした。

クジラを出したことで、北の国のサンタさんが東の国のハナちゃんのところへ行くルートが具体的に考えられました。地図を見たり、色々調べながら、北欧から中央アジア、日本の南から入って北上したのかな、と楽しく考えました。

ーご自身で気に入っている場面はありますか?

今までに、クリスマスの絵本をいくつも作りましたが、誰かが自分の知らないところで自分のことを考えていてくれて、大変な思いをしてプレゼントをしてくれる、っていうことだけを描いているような気がします。気に入っている場面は「ついた。はなちゃんちだ」の2ページ場面が、ほっとしてするので好きです。

ー今回の刺繍はとりわけ細かく緻密ですが、原画にどれくらいの時間をかけられたのでしょうか? また、苦労された場面はありますか?

4月の終わりから刺し始めて、11月の始めに刺し終わりました。

とっても遠いところから長い道を通ってプレゼントを届ける大変さが表現できるような気がして、このタッチがあっているかなと思います。

私のイメージする羊は頭にも毛のあるコリデール種なのですが、色が白っぽくて、白い布の上に刺繍して輪郭が分かるかとても心配でした。でも、印刷屋さんが丁寧に印刷してくださり、羊がちゃんと見えて、ほっとしました。

長尾さんの思い出に残るクリスマス

―年に一度の個展でも、「クリスマス」をテーマにした刺繍作品が多く、クリスマスをライフワークとされています。長尾さんの、クリスマスへの思いを教えてください。

クリスマスは、人が他人や自分にできる良い部分の塊のような気がするので、それにかかわりたいと思っているのかもしれません。思い出に残るクリスマスは沢山ありすぎますが、物を作る一人として忘れられないクリスマスの作品は、10年以上前のクリスマスに聞いた小林克也さんの1時間のラジオ番組です。クリスマスソングが1曲もかからないのにも関わらず、クリスマスのやさしさに満ち溢れている1時間でした。こんなこともできるんだな、と忘れられないクリスマスの作品です。

毎年のクリスマスは24日の夜が晴れますように、夜中うるさくする人がサンタさんをじゃましたりしませんようにと祈りながら12月24日は一人で静かに過ごします。

ー読者の方に向けて、メッセージがありましたらお願いいたします。

「今年も、これからもずっと、あたたかなクリスマスでありますように。」

■長尾玲子(ながお・れいこ)■
1963年、東京に生まれる。東京YMCAデザイン研究所デザイン科卒。デンマーク、スカルス手工芸学校で刺繍を、オーストラリアNMITでイラストレーションを学ぶ。絵本に「クリスマス・イブのおはなし全3冊」(『あっちゃんとゆびにんぎょう』『100こめのクリスマス・ケーキ』『サンタさんのいちにち』)、『サンタさんありがとうーちいさなクリスマスのものがたり』『サンタさんとこいぬ』『ざっそうの名前』『ぼくの草のなまえ』(以上、福音館書店)がある。

2020.10.10

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