絵本作家の誕生日

3月10日 石井桃子さん| 本は一生の友だち 

月に1回、その月にお誕生日を迎える作家・画家とその作品をご紹介する「絵本作家の誕生日」。3月10日は、子どもたちに本の楽しみという大きな贈り物をくれた石井桃子さん(1907年-2008年)のお誕生日です。


「本は一生の友だち  
本は友だち。一生の友だち。子ども時代に友だちになる本、そして大人になって友だちになる本。本の友だちは一生その人と共にある。こうして生涯話しあえる本と  出あえた人は、仕あわせである。」
これは2007年、100歳をむかえた石井桃子さんが東京の書店「教文館・子どもの本のみせ ナルニア国」に贈った色紙のことばです。

石井桃子さんは、『ちいさなうさこちゃん』『ピーターラビットのおはなし』『こすずめのぼうけん』『はたらきもののじょせつしゃ けいてぃー』など数々の翻訳、『ノンちゃん雲に乗る』『ちいさなねこ』『三月ひなのつき』などの創作物語の著者として知られ、また、編集者として、児童書の普及の実践者としても、日本の児童書の世界に大きな贈り物をしてくれた人です。

石井さんは、埼玉県浦和の旧中仙道沿いの、元は金物店を営んでいた旧家に6人きょうだいの末っ子として育ちました。70代になって鮮やかに蘇らせた記憶をもとに書いた『幼ものがたり』には、昔話を聞かせてくれた祖父をはじめ、家族の思い出とともに自身の子ども時代がつまびらかに描かれています。

浦和の高等女学校を卒業後、日本女子大学校英文学部に入学。在学中から英語力を買われて、文藝春秋社の初代社長であった菊池寛のもとで出版の道に入ります。そして、1933年のクリスマスイブ、親交のあった犬養邸で“THE HOUSE AT POOH CORNER”(『プー横丁にたった家』の原書)と運命的な出会いをします。前年の五・一五事件で当時首相だった祖父・犬養毅を失った犬養家の子どもたちと、病気療養中の親友を喜ばせるために訳されたこの物語は、戦時下の1940年に『熊のプーさん』として岩波書店から出版され、翻訳家・石井桃子としての最初の仕事となりました。

後に石井さんは当時のことを「(この作品との出会いがなければ)きっと、私の人生は違っていたでしょうね。読み始めてすぐに私の体に起こった、まるで魔法にかかったような経験はほかにはありませんから」と語っています。
その初版本の読者の1人には、当時10代の少年だった松居直がいました。友人に借りて読んだこの本の温かいファンタジーの世界は、戦争中の現実を忘れさせてくれたといいます。

1945年、石井さんは東京大空襲を機に疎開を決意し、川崎の工場で出会った女性教員とともに宮城県の農村に移住します。日本の敗戦を知った日に、開墾の最初の鍬入れをしたと記しています。戦争中に執筆した『ノンちゃん雲に乗る』を出版して得た印税を元手に牛を買い、酪農を始めますが、依然として農場の経営は厳しく、資金を得るために東京と行き来し出版の仕事と両立させていました。
女性2人と子どもだけで厳しい農作業の続く暮らしでしたが、のちに『やまのこどもたち』(岩波書店)『くいしんぼうのはなこさん』『山のトムさん』など、創作の源ともなりました。

石井さんは、1950年に「岩波少年文庫」、1953年に「岩波の子どもの本」と、相次いで創刊されたシリーズの編集に立ち上げから携わります。敗戦の深い傷跡が残る日本で、子どもたちがこれらの本から大きな楽しみを得て、将来への希望を持つ助けとなったことは言うまでもありません。その読者のなかには、『ぐりとぐら』の作者、中川李枝子さんと山脇百合子さんの姉妹もいました。「岩波の子どもの本」をお手本に、福音館書店の松居直は「こどものとも」の創刊を目指します。

1954年、47才になった石井さんは、ロックフェラー財団の研究員に選ばれ、アメリカやヨーロッパで海外の児童文学の動向を視察します。翌年帰国してからは、瀬田貞二、鈴木晋一、いぬいとみこ、渡辺茂男、松居直と児童文学の研究会をひらき、共著で『子どもと文学』(中央公論社)を刊行します。二重生活となり、農場のある宮城県では、地元の小学校で国語の時間に本の読み聞かせを始め、東京では村岡花子さんらと「家庭文庫研究会」を設立し、自宅で「かつら文庫」を開きます。そして、1960年代には、大阪の公共図書館に勤めていた松岡享子さんと理想の「子どもの図書館」について語り合い、「東京子ども図書館」の設立に尽力します。

「石井さんは研究のための研究にはご興味のない方です。いかに良い本を子どもたちに届けるのか、そのことばかりを考えていらっしゃる」と松居直は石井さんを評しています。
石井さんがはじめた小さな図書館「かつら文庫」は、現在も「東京子ども図書館」にその活動と志が引き継がれています。そして、日本各地では、本を届けてくれる大人たちとともに、子どもたちは今日も「一生の友だち」に出会っていることでしょう。

石井桃子さんについてもっと知りたいかたは、『幼ものがたり』、『石井桃子集』全7巻(岩波書店)、『ひみつの王国-評伝 石井桃子』(新潮社)などをぜひ手にとってみてください。

石井桃子さんの作品はこちらからご覧いただけます。  

2019.03.08

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